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安心って、静かなものなんだ

横断歩道を渡り終えると、夕方のざわめきが、少し遠のいた。信号の音。車の走り去る気配。全部が、二人の後ろに流れていく。凪は、歩きながら思う。——安心って、静かなものなんだ。何かが起きたわけじゃない。約束をしたわけでもない。でも、心の中にあった小さな棘が、いつの間にか抜けていた。「今日さ」悠真が、前を向いたまま言う。「無理しなくていいから」それだけ。説明も、理由もない。でも凪にはわかった。さっきの「怖かった」が、ちゃんと届いていたこと。「……うん」その返事は、少しだけ柔らかかった。並んだ足取り。同じ速さ。同じ影。触れなくても、迷子じゃない。凪は気づく。この関係は、大きな言葉で守られているわけじゃない。小さな気遣いと、黙って隣にいる選択で、静かに続いている。夕方の光は、二人の影を、さらに長く伸ばした。それは、離れていく影じゃない。これから先も、同じ方向に進む影だった。
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それが、怖くて、でも、嬉しくて

朝のホームルーム前。教室は、いつもより少しだけざわついていた。凪は、席に着きながら、無意識に隣の席を見る。——いる。それだけで、呼吸が、少し楽になる。悠真は、ノートを開いて、いつも通りの顔をしている。でも、視線が合った瞬間、ほんの少しだけ、口元が緩んだ。それが、合図みたいで。凪も、同じように笑う。「ねえ」小さな声。「昨日さ」「“付き合ってるのかな”って    聞いたでしょ」悠真は、ペンを止める。「うん」「私ね」「答えを聞きたかった   わけじゃないんだと思う」悠真は、何も言わず、待つ。「ただ」「一緒にいることが、    当たり前みたいになってて」「それが、怖くて」「でも、嬉しくて」凪は、言葉を探しながら続ける。「名前をつけたら」「壊れちゃう気がして」悠真は、少し考えてから、言った。「じゃあ」「今は、つけなくていい」凪は、驚いて顔を上げる。「いいの?」「うん」悠真は、肩をすくめる。「名前がなくても」「一緒に帰る理由は、  なくならないし」その言葉が、胸の奥に、静かに染み込む。——ああ。凪は思う。この人は、“関係”を急がない。手に入れるより、続くほうを選ぶ人だ。チャイムが鳴る。二人は、それぞれ前を向く。でも、机の下で、そっと距離が近づく。触れない。でも、離れない。授業中、ふと窓の外を見ると、雲が、ゆっくり流れていた。——急がなくていい。放課後。廊下で、クラスメイトが何気なく言った。「最近さ」「二人、仲いいよね」凪は、一瞬だけ戸惑って、でも、否定しなかった。悠真も、笑って答える。「うん」「一緒にいること、多いから」それ以上は、言わない。説明しない。誇示しない。でも、隠しているわけでも
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全部背負って、壊れるくらいなら、一日くらい、逃げたっていい

チャイムの音は、もう聞こえなかった。夕方の空は、少しだけ赤く、少しだけ寂しい色をしていた。凪は、学校とは反対の方向へ伸びる道を、黙って歩いていた。制服のブレザーは、少し重たく感じる。それでも、今日は脱ぎたくなかった。——学校に行かなかった。その事実が、胸の奥でじんわりと広がっていく。「……ごめん」凪が、ぽつりとつぶやいた。悠真は歩みを止め、凪のほうを見た。「なんで謝るんだよ」凪は、すぐに答えられなかった。クラスの視線。ひそひそ声。三條 輝の告白。そして、向けられた嫉妬と悪意。「私が……ちゃんとしてたら」「普通に、笑ってたら……」言葉にするほど、胸が苦しくなる。悠真は、少しだけ息を吸ってから言った。「凪は、何も悪くない」その声は、強くもなく、でも揺れていなかった。「今日はさ、無理して “学校に行く自分”を やらなくてよかったんだ」凪は、驚いて顔を上げる。「……いいの?」「いいに決まってる」悠真は、夕焼けの向こうを見つめながら続けた。「全部背負って、壊れるくらいなら、 一日くらい、逃げたっていい」その言葉が、胸の奥に静かに染み込んでいく。凪の目から、ぽろりと涙が落ちた。泣くつもりなんてなかったのに。でも、それは「耐えきれなくなった涙」ではなかった。——やっと、休んでいいと思えた涙。悠真は、そっと一歩近づいた。「なあ、凪」凪は、うなずく。「俺はさ」「凪が、学校に行くか行かないかじゃなくて」「凪が、ここにいるかどうかで決めてる」凪の胸が、ぎゅっと締めつけられた。「……ここにいるよ」その小さな返事に、悠真は静かに笑った。夕暮れの道を、ふたりはまた歩き出す。学校に行かなかった日。でもそれは
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この距離が、好きだ

チャイムが鳴って、教室は一気に日常へ戻った。椅子を引く音。ノートを閉じる音。誰かの笑い声。凪は、席に座ったまま、しばらくペンを動かせずにいた。——聞いていた。自分は、確かに聞いていた。悠真が、「うん」とだけ答えた、その声。余計な言葉を足さず、否定も、強調もせず、ただ事実を受け取った、あの一瞬。凪は、その背中を思い出す。前に立つわけでもなく、自分を隠すわけでもなく。ただ、そこに立っていた。(……並んでる)胸の奥で、小さく何かがほどける。凪は、悠真が“守ってくれた”とは思わなかった。代わりに感じたのは、信じて任せてもいい、という感覚。休み時間。悠真が、何事もなかったように振り返る。「ノート、写す?」その声は、いつもと同じだった。「……うん、お願い」凪は、立ち上がって席を移る。机を挟んだ距離。少し近い。でも、触れない。凪は、ノートを覗き込みながら思う。——この距離が、好きだ。特別な言葉がなくても、説明しなくても、ちゃんと伝わる距離。ふと、悠真が小さく言う。「さっきのことさ」凪は、顔を上げる。「気にしてたら、ごめん」一瞬、胸がきゅっとなる。でも、凪は首を振った。「ううん」「……安心した」悠真は、少し驚いたように目を瞬かせる。「安心?」「うん」凪は、ちゃんと、言葉を選んでから続ける。「何も言わなかったのに」「ちゃんと、そこにいてくれたから」悠真は、少しだけ照れたように視線を逸らす。「それなら、よかった」それだけ。それ以上は、言わない。凪は、思う。——聞いていた、という事実。——見ていた、という事実。それだけで、恋は、少し前に進む。名前は、まだいらない。でも、この関係が「大切だ」とはっきり
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悠真がいなくなるのは、嫌

放課後の空は、昼間より少しだけ低く感じた。校門を出てから、凪と悠真は、並んで歩いていた。言葉は、ない。気まずいわけでもない。ただ、お互いに、何かを考えているのがわかる沈黙。——この沈黙、前はなかった。凪は、ふと気づく。噂が広がっていた頃。誰かに見られていた頃。悠真は、いつも一歩前にいた。でも今は、隣にいる。同じ速さで。それが、少しだけ怖かった。(もし……)考えたくない想像が、胸の奥に浮かぶ。もし、これ以上巻き込んだら。もし、悠真が、疲れてしまったら。「……ねえ」凪は、立ち止まる。悠真も、足を止める。夕焼けの光が、二人の影を、同じ長さに伸ばしていた。「私のせいで」「大変なことになってない?」言葉にした瞬間、胸が、ぎゅっと締まる。悠真は、すぐには答えなかった。少しだけ、視線を落としてから、言う。「正直に言うと」凪の心臓が、跳ねる。「……ちょっと、怖かった」その一言で、凪の中の何かが、崩れた。「凪を守りたい気持ちと」「俺が前に出すぎたら、     凪が立てなくなるって気持ちと」「どっちも、本当で」悠真は、苦笑する。「うまくやれてるって、言えない」その表情が、あまりにも人間らしくて。凪は、思った。——この人を、失うかもしれない。初めて、はっきりと。それは、噂よりも、三條よりも、ずっと怖い感情だった。「……私」凪は、拳を握る。「悠真がいなくなるのは、嫌」声が震える。でも、止めない。「守られなくてもいい」「前に出てくれなくてもいい」「それでも」「一緒にいるのは、悠真がいい」言い切った瞬間、胸の奥が、熱くなる。——ああ。これは、不安でも、依存でもない。恋だ。悠真は、目を見開いてから、ゆっくり
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噂で人を傷つけるの、楽しい?

教室の空気が、少しだけ変だった。誰かが見ている。誰かが、話すのをやめる。凪が席についた、その一瞬だけ。——来る。理由はわからないのに、凪の胸はそう告げていた。「ねえ」背後から、女子の声。振り向く前に、教室の視線が一斉に集まるのがわかった。その中心に、自分が立たされている感覚。「三條くんに告白されたんでしょ?」静かな声だった。でも、その一言は、教室の空気を切り裂くには十分すぎた。「なんで、よりによってあの子なの?」別の女子が笑う。笑っているのに、目は笑っていない。「悠真のことも泣かせたらしいじゃん」「可哀想なのは、どっちなの?」凪の頭が、真っ白になる。違う。そんなつもりじゃない。何も、してない。言葉は、喉の奥で凍りついた。「……黙ってるってことは、図星?」誰かが、そう言った。その瞬間だった。椅子が音を立てて引かれる。悠真が立ち上がる。「それ以上、言うな」低い声だった。怒鳴っていないのに、教室が静まり返る。「凪は、何も悪くない」「本人が何も言ってないのに?」「守ってるつもり?」女子の声は、挑発的だった。悠真は、一歩前に出る。「泣いた理由も」「学校に来れなかった理由も」「全部、俺が知ってる」凪は、はっと顔を上げた。知られたくなかった。でも——守られている、と思ってしまった。「噂で人を傷つけるの、楽しい?」その一言で、空気が凍る。先生が入ってくるまで、誰も動けなかった。凪は、気づく。もう、この事件は二人だけの問題じゃない。クラス全体が、この関係を“裁こう”としている。——逃げ場は、もうない。それでも。悠真の背中が、凪の視界から消えなかった。怖い。でも。一人で立たされていない、その事実だ
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俺は、凪の隣にいる

翌朝。凪は、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む光は、昨日と同じなのに、胸の奥にある重さだけが、まだ残っている。学校に行かない。そう決めたはずなのに、「行かない」という選択肢が、こんなにも心をざわつかせるなんて思わなかった。スマホを手に取る。通知はない。——当然だよね。誰も、私がいなくても困らない。そう思った瞬間、昨日の夕焼けの中で、悠真が言った言葉がよみがえる。「凪がここにいてくれるなら、  それでいい」胸が、ぎゅっと締めつけられた。昼過ぎ。玄関のチャイムが鳴った。驚いてドアを開けると、そこにいたのは悠真だった。制服のブレザー姿のまま、少し息を切らしている。「……来た」凪の声は、自分でも驚くほど震えていた。「勝手に来てごめん」悠真はそう言って、視線を落とす。「でも、ひとりにしたくなかった」凪は何も言えず、ただ首を横に振った。近所の公園まで、二人は並んで歩いた。会話は少ないのに、不思議と沈黙が怖くない。ベンチに座ると、凪はぽつりと言った。「……私、学校に行く資格ないのかな」その言葉に、悠真の表情が変わった。「そんなこと、誰が決めた?」静かだけど、強い声だった。「噂とか、告白とか、嫉妬とか」「全部、凪が悪いみたいに言われてるけど」悠真は、はっきり言った。「凪は、何も間違ってない」凪の目から、涙がこぼれ落ちる。「でも……居場所が、なくなった気がして」悠真は、少し間を置いてから言った。「じゃあ、作ろう」「凪の居場所」凪が顔を上げると、悠真はまっすぐこちらを見ていた。「学校でも、学校の外でも」「俺は、凪の隣にいる」その言葉は、慰めじゃなかった。覚悟だった。凪は、初
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