全部背負って、壊れるくらいなら、一日くらい、逃げたっていい
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コラム
チャイムの音は、もう聞こえなかった。
夕方の空は、少しだけ赤く、
少しだけ寂しい色をしていた。
凪は、学校とは反対の方向へ伸びる道を、
黙って歩いていた。
制服のブレザーは、少し重たく感じる。
それでも、今日は脱ぎたくなかった。
——学校に行かなかった。
その事実が、
胸の奥でじんわりと広がっていく。
「……ごめん」
凪が、ぽつりとつぶやいた。
悠真は歩みを止め、凪のほうを見た。
「なんで謝るんだよ」
凪は、すぐに答えられなかった。
クラスの視線。
ひそひそ声。
三條 輝の告白。
そして、向けられた嫉妬と悪意。
「私が……ちゃんとしてたら」
「普通に、笑ってたら……」
言葉にするほど、胸が苦しくなる。
悠真は、少しだけ息を吸ってから言った。
「凪は、何も悪くない」
その声は、強くもなく、
でも揺れていなかった。
「今日はさ、無理して
“学校に行く自分”を
やらなくてよかったんだ」
凪は、驚いて顔を上げる。
「……いいの?」
「いいに決まってる」
悠真は、
夕焼けの向こうを見つめながら続けた。
「全部背負って、壊れるくらいなら、
一日くらい、逃げたっていい」
その言葉が、
胸の奥に静かに染み込んでいく。
凪の目から、ぽろりと涙が落ちた。
泣くつもりなんてなかったのに。
でも、
それは「耐えきれなくなった涙」ではなかった。
——やっと、休んでいいと思えた涙。
悠真は、そっと一歩近づいた。
「なあ、凪」
凪は、うなずく。
「俺はさ」
「凪が、学校に行くか行かないかじゃなくて」
「凪が、ここにいるかどうかで決めてる」
凪の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
「……ここにいるよ」
その小さな返事に、悠真は静かに笑った。
夕暮れの道を、ふたりはまた歩き出す。
学校に行かなかった日。
でもそれは、逃げた日じゃない。
——自分を守ることを、初めて選んだ日だった。