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……聞かせてよ、ちゃんと。その続きを。何度でも

風が吹いた。制服の裾が揺れ、彼女の髪がやわらかく宙を舞う。なにも言わずに立っていた僕の前で、彼女は夕陽を背に、ふっと息を吸った。「……ありがとうの続き、聞いてくれる?」その声は、風と一緒に届いた。触れられないくらい小さくて、だけど、耳じゃなく胸の奥に落ちた。何を返せばいいかわからなかった。うなずこうとしたのに、喉がうまく動かなかった。「ねぇ――」彼女は空を見たまま続けた。「昨日ね、傘を貸したの、私じゃないんだ。 本当は……助けられてたの、私のほうだったのに」僕は息を呑んだ。「雨、好きじゃなかった。 でも昨日、あなたが “ちゃんと濡れて” くれたから…… ――少しだけ、好きになれそうだって思ったんだよ」夕陽のせいにできないくらい、彼女の横顔は、泣き出しそうな笑顔だった。ありがとうって過去の言葉じゃなかった。これからも、一緒に続いていく言葉だった。僕は、ただひとことを絞り出した。「……聞かせてよ、ちゃんと。 その続きを。何度でも」彼女は目を伏せて、そして――小さく、小さく、うなずいた。「……じゃあ、終わらせないでね」風が、強くなった。傘はもう、返せないと思った。
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まだ“ありがとう”の途中でしょ?

「まだ“ありがとう”の途中でしょ? あなたも」そう言って微笑んだ彼女の顔は、不思議なくらい静かだった。泣いているわけじゃない。でも、目の奥では、何かが揺れている。波打つ水面を、必死に押しとどめている――そんな目だった。僕は何かを返さなきゃと思ったのに、言葉がどこにも見つからなかった。風が吹いた。彼女の髪と、僕の制服を揺らしていく。夕陽に染まる屋上で、僕らはたった一本の傘を挟んで立っていた。返せば、ここで終わる気がした。返さなければ、何かを期待してしまいそうだった。――どちらも、怖かった。沈黙のまま、僕は傘を握っていた手を、そっと降ろした。「……じゃあ、もう少しだけ」ただ、それだけを言った。彼女は驚いたように瞬きをして、それから、本当に小さく、今度こそ泣きそうな笑顔をした。「うん。……ありがとうの、続き、聞かせてね」その瞬間、胸の奥で何かが外れる音がした。言えなかった言葉たちが、心のどこかで息をしていた。ありがとう と言いたいのに。ごめん と言いたいのに。でも僕らは、どちらもまだ何も言っていなかった。――そうだ。ありがとうって、終わりの言葉じゃなかった。本当は“これから”の言葉だったんだ。次に会うとき、僕はもう少しだけ、素直になれるだろうか。傘は返さない。まだ、僕たちは途中だから。
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