自分のキャラへの執着について
こんにちは、最近は1日が早くて驚く感じです何かに夢中になれるってのもいいですね今日は、本題に入る前にちょっと与太話を聞いて頂きたくて「自分の声」について少し喋ろうかなと。読んだ上で今回の本題を見ていただければと思います私は表現の仕方がめちゃめちゃ好きなアーティストさんがいます、すごい共感できるというか自分が言えない心の淀みを音楽ですごい現してくれるというか個人的に救われたこともありました色んなことに囚われて自分の心に素直になれなくて、そんなとき無性にずっとその曲を聞いててやっと自分の心の声に気付いたというかやっぱり安心したんですよね、自分が自分であることが私の中に「自分の気持ちっていう心」の居場所がちゃんとあったことにそれで今日話したい本題は「自分の好き」の扱い方についてです私は未だに自分自身が好きかは分かりませんけどそんな私も好きなものはありますメニューを見るとき真っ先にオレンジジュースの有無を確認するし好きなアニメをリアタイするために深夜でもアラームで起き上がって見るし買いたい物のためなら長い行列も並びますいわばそういうキャラとも言えるでしょう。でも私は「キャラ」だなんて思っていません私が好きでしたく、やっているからですオレンジジュース好きでよく飲みますし、いつか愛媛県にも足を運びたいと思っていますけどそれは「私」だからであって「オレンジジュースが好きなキャラ」だからじゃありません私がいつの日かオレンジジュースを嫌いになってもそれも「私」です「オレンジジュースが好きだったけど嫌いになったキャラ」じゃありません私は「キャラ」って起きた事にタグを付ける後出しジャンケンで、「人」
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