私が“自分を知る”ことから始めた理由──言葉と個性で心の土台を整えるまで
※こちらは、なごみとしての自己紹介を兼ねたストーリーです。ご依頼を検討されている方の参考になれば幸いです。「なんで私はこうなんだろう」「またやってしまった…」「なんで言えなかったんだろう」いつも、頭の中はそんな言葉でいっぱいでした。後悔と自責が止まることなくグルグルと回り続けて、それでも私は、その気持ちを押し殺して苦笑いするしかありませんでした。そして、そんな自分が――いちばん嫌いでした。私は、ずっと「違う誰かになりたい」と思っていました。でも当たり前ですが、違う誰かになるには“演じる”しかありません。どれだけ努力しても、私は私のまま。演じることに疲れ、自分を認めることも、受け入れることもできず、ただ淡々と日々を過ごすしかありませんでした。そんな私にとっての転機は、「個性學(こせいがく)」という学問との出会いでした。わかってたつもりの“個性”が、自分ごとになった瞬間「人はそれぞれ違う」って、当たり前のことです。見た目も違うし、考え方も違う。「みんな違って、それでいい」と思っていたし、口でもそう言っていました。でも、今思えば私は、わかっている“つもり”だっただけで、実際のところ、全然わかっていませんでした。頭では「人それぞれ」って言いながらも、私は、自分の個性がどうしても好きになれず、誰か別の人の個性になりたいと、ずっと思っていました。それは、自分だけに向けられていたのではなく――知らず知らずのうちに、自分の子どもにも、「私の理想の子ども像」を押しつけて、それに応えてくれない子どもたちにイライラをぶつけていました。個性學に出会って、もう10年。学びを重ね、経験を重ね、とことん自分
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