※こちらは、なごみとしての自己紹介を兼ねたストーリーです。ご依頼を検討されている方の参考になれば幸いです。
「なんで私はこうなんだろう」
「またやってしまった…」
「なんで言えなかったんだろう」
いつも、頭の中はそんな言葉でいっぱいでした。
後悔と自責が止まることなくグルグルと回り続けて、
それでも私は、その気持ちを押し殺して苦笑いするしかありませんでした。
そして、そんな自分が――いちばん嫌いでした。
私は、ずっと「違う誰かになりたい」と思っていました。
でも当たり前ですが、違う誰かになるには“演じる”しかありません。
どれだけ努力しても、私は私のまま。
演じることに疲れ、自分を認めることも、受け入れることもできず、
ただ淡々と日々を過ごすしかありませんでした。
そんな私にとっての転機は、
「個性學(こせいがく)」という学問との出会いでした。
わかってたつもりの“個性”が、自分ごとになった瞬間
「人はそれぞれ違う」って、当たり前のことです。
見た目も違うし、考え方も違う。
「みんな違って、それでいい」と思っていたし、口でもそう言っていました。
でも、今思えば私は、わかっている“つもり”だっただけで、
実際のところ、全然わかっていませんでした。
頭では「人それぞれ」って言いながらも、
私は、自分の個性がどうしても好きになれず、
誰か別の人の個性になりたいと、ずっと思っていました。
それは、自分だけに向けられていたのではなく――
知らず知らずのうちに、自分の子どもにも、
「私の理想の子ども像」を押しつけて、
それに応えてくれない子どもたちにイライラをぶつけていました。
個性學に出会って、もう10年。
学びを重ね、経験を重ね、
とことん自分と向き合った結果、
時間が掛かりましたが、私は“私”を受け入れることができました。
個性學との出会いで見えてきた“自分の土台”
「個性學(こせいがく)」とは、生年月日をもとに、
人それぞれの思考や行動のクセを読み解く学問です。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、
私にとっては、
“どうして私はこう感じるのか”を整理できる――
まるで心の地図のようなものでした。
個性學では、自分が持って生まれた“特性”が分かります。
この特性を活かすと、自分の強みを自然に発揮しやすくなります。
もちろん、特性にとらわれず、「好きなこと」「やりたいこと」を選ぶこともできます。
ただ、その場合、持って生まれた特性を活かすときの“動力”と、
そうではない“動力”とでは、
かかるストレスやエネルギーの使い方がまったく違います。
特性というのは、とても不思議でおもしろいものです。
ある角度から見れば「長所」に見えるのに、
別の角度から見れば「短所」にも見える。
見る角度、状況、自分の状態、
そして、誰がそれを見ているのかによって――
同じ特性でも、まったく違う評価になります。
だからこそ、
自分では「ダメなところ」「嫌な部分」だと思っていたとしても、
見る人によってはそれが“あなたらしさ”や“魅力”になることもあるんです。
私は、そのことに気づくまでに、ずいぶん時間がかかりました。
自分の特性を受け入れることができず、
他人のよく見える部分ばかりをうらやましく感じて、
自分を否定する日々が続いていました。
自分の特性を認められないままでは、
いくら個性學の知識を詰め込んでも、
なにをしても、
心は満たされないままだったのです。
“自分の特性”を受け入れるために、私はまず「書くこと」から始めました
私が自分の特性を少しずつ受け入れられるようになったのは、
「ジャーナリング(書くこと)」を日々の習慣に取り入れるようになってからです。
最初は、頭の中を整理したくて始めたものでした。
でも、言葉にして書いてみると、
モヤモヤしていた気持ちが“輪郭を持った思考”になっていく感覚がありました。
「なぜそう感じたのか」
「どうしてあのとき、動けなかったのか」
「本当はどうしたかったのか」
そんな問いに一つずつ丁寧に向き合いました。
スラスラ言葉がでる日も、
どこからも言葉がでてこない日も、
書きたくない日もありました。
書きたくない日は、「書きたくない」から始まり、
そこから、少しずつ、自分の感情が広がり、
「なんで書きたくないのか?」
「なにがそんなにイヤなのか?」と、
自分に問うことをしていました。
そのうち、書いたあとのスッキリ感と、
自分の気持ちを言葉にしていく作業が楽しくなり、
私の生活の中の習慣になりました。
書くことによって、私は少しずつ、自分の感情やクセを責めるのではなく、
ただ「観察」ができるようになっていきました。
そして、「観察」ができるようになると、
掘り下げた先にあるものが自分の個性の特性と結びつき、
「ああ、だから私はこう感じてたんだ」
と点と点がつながり、腑に落ちる、
そんな感覚を味わうことが増えました。
書くことは、ただ吐き出すだけでなく、
自分の内側を見つめ直し、“本当の声”をすくい上げる行為でもあったのです。
言葉と個性で、心の土台を整える人として
今、私は「言葉」と「個性」というふたつのツールを使って、
自分の内側に静かに目を向けるお手伝いをしています。
他の誰かになろうとがんばる必要はありません。
違和感を感じたら、感じてもいいんです。
しんどいって思ったら、しんどいって言っていいんです。
大切なのは、“自分に合った幸せのカタチ”を知ること。
そして、“自分に合ったやり方”で向き合っていくこと。
それに気づいたとき、人は少しずつ、
でも確実に前に進めるようになると私は信じています。
このブログが、どこかで誰かの「自分を知るきっかけ」になりますように。
そして、“心の土台を整える時間”を一緒に過ごせたらうれしいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。