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祝・七五三

廉清生織のブログの部屋へようこそ11月になるとあちらこちらの神社で七五三の姿を見かけるようになりますね七五三を迎えられましたご家族の皆様おめでとうございます古くは士族社会の儀式だった七五三は子供の健やかな成長を祝い祈願することが起源となっています現在は数え年(満年齢+1歳)で男子は3歳と5歳女子は3歳と7歳の11月15日前後に家族皆でお参りする儀式となっています 関東地方を含め東日本では男の子は5歳のみお祝いをするのが主流となっています では何故…男子は3歳と5歳でお祝いをして 女子は3歳と7歳でお祝いをするように なったのかルーツについて探って参ります 諸説ありますが元々は中国で行われていた陽の数(日本の奇数)にお祝い事をされていたという風習に基づき平安時代には士族の間で「七・五・三」の数を取って奇数歳に子どもの成長を祈ってお祝いをしたのが始まりだそうで「七五三」の風習が盛んになったのは明治時代からなのだそうです また昔は食べるものが少なく病院などの設備も不足し7歳までの生存率が低かったため”子どもが無事に成長できるように”と願いを込めてお祝いの儀式を行ってきました■髪置き:3歳に行われる子供が髪を伸ばし始める儀式 ■袴着:5歳に行われる男の子が初めて袴をつける儀式 ■帯解き:7歳に行われる女の子が初めて帯を結ぶ儀式昔は数え年で行うのが正式とされていたのが現在は満年齢で行うのが一般的になりました正確には数え年・満年齢のどちらで祝ってもよいとされ今でも数え年でお祝いする地域や家庭もあるので周りと相談して決めるのが良いでしょう そもそも”満年齢”と”数え年”って聞いたことはあ
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ルーツヒーリングを受けての変化

まずは基本1500円コースを受けての変化遠隔ヒーリングなのでお会いしたこともないので、顔も触れたことがございません ですが 基本1500円ヒーリングを受けられて、30時間経ったら、以下のように変わられています▼落ち着いた眼になられましたねこのように基本1000円ヒーリングでは、体の変化は比較的にすぐに表れる方が多いです ①顔の変化②体が軽い ③スッキリしている ④よく眠れた ですがこの上位版のルーツヒーリングになると、体の変化はもちろん出る方が多いのですが、目に見えない分野を好転させていきます人それぞれ生きてきた過程、体質、両親やご先祖様から引き継いでいるものが違いますので結果が出てくるタイミングは人それぞれです 通常の1500円のヒーリングでは、一時的に自分のエネルギーを浄めても、時間が経つとご先祖様や根源からの影響が繰り返されてしまいます このサイクルを断ち切らなければ、一生このまま悩みを抱え続ける可能性もルーツヒーリングは、そんな未来を変える力を持っていますご先祖様や根源に働きかけ、問題の根本を解消することで、運命を自分の手で切り開けるのですそれがルーツヒーリングとなると、目に見えない以下の分野が好転されています金運、人間関係、自己肯定感、自分らしさ、恋愛運、仕事運、ストレス解消、幸せホルモン!スイッチON、トラウマ、こだわり、開運、重度の身体の不調これらは目には見えませんが、ルーツヒーリングで好転のスイッチが入りますやはり何年もかけて、今の状況になっていますので、結果としてすぐに表れるかといえば個人差はありますので、準備がどれだけ出来ているかで決まりますですがエネルギ
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山崎さんのルーツ|あなたの名字には、どんな景色がある?

はじめに家系図や先祖調査というと、「戸籍を集めること」が目的だと思われがちです。もちろん戸籍は大切です。ですが、それだけでは見えてこないものがあります。それが、その土地の歴史や風景です。今回は、全国に多い名字の一つ「山崎」を例に、名字を調べるとどんな旅が始まるのかをご紹介します。クイズです全国に広く分布する「山崎」さん。実は、特に多いことで知られる都道府県があります。それはどこでしょう?① 岐阜県② 高知県③ 鹿児島県・・・・・・正解は...正解は、② 高知県「山崎」は、山の尾根や山の入口などの地形に由来するとされる名字です。全国各地に同じような地形があるため、一つだけが発祥地ではありません。ところが、高知県では全国でも特に多い名字として知られています。なぜなのでしょうか。山が暮らしをつくり、名字を生んだ高知県は県土の約85%が山地。山が海の近くまで迫り、わずかな平地に集落が広がっています。昔から人々は、山の入口、谷の出口、尾根が平地へ続く場所に暮らしてきました。つまり、「山崎」と呼ばれる地形そのものが、生活の場所だったのです。さらに高知は森林が豊かで、土佐ヒノキや魚梁瀬杉など林業でも栄えてきました。こうした自然環境が、「山崎」という名字が各地で生まれた理由の一つと考えられています。一つの川から、高知の歴史が見えてきましたさらに調べていくと、もう一つ面白い発見がありました。高知城の南を流れる「鏡川」。この川は、昔は「潮江川」と呼ばれていました。しかも明治時代になっても、人々は長い間「潮江川」と呼び続けていたそうです。古地図を見ると、川には「鏡川」橋には「潮江橋」村には「潮江村」
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幼稚園の原体験

原体験とは今の自分の考え方、行動を形成していく上で関係している幼少期の体験になりますが、自分の原体験を探る上で、幼稚園の文集を見てみました。今の私の考え方の中で、笑顔でいれば何とかなる、行動として、いたずら好きな面がありますが(堅くならずに楽しくやろうぜ、としていると捉えてください。嫌がらせをしているわけではありません)、この文集を読んでなるほどなと思いました。幼稚園児の文章なので、理由も何もありませんが笑、友達と笑い合ったり、いたずらっぽいことをしていたんだなということはわかりました。これが今に繋がっているのかと。少なくとも、出生時のハンデや周りの子の接し方は何もおかしなところがなく、楽しくやっていたのだなと感じました。原体験は、記憶の中を辿るのももちろん効果はありますが、このように過去の文集や作品、日記などがあれば新しい発見に繋がることがあります。小さい頃の話、どんな子だったか、どんな行動をしていたかなどを、家族や親戚に聞いたり、友達に聞いたりするのも良いかもしれません。私の持つ「原体験ファシリテーター」という資格も、質問などからその人のルーツを探るお手伝いをするものとなります。自分で思い出してみるも良いですが、人とのやりとりで引き出されることもあります。自分自身の原体験、時々思い出してみてはいかがでしょうか。
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イラストを描くようになった自分のルーツは

こんにちは。イラストレーター×ビジネスライターのタイスケです。私は昔からスポーツが好きで、小学校4年生の時に始めた野球は、結局大学4年生まで、13年間多くの時間を費やすことになりました。一方で、スポーツとは対照的に、絵を描くこともひっそりと好きでした。幼い頃から小学校低学年まで、昆虫や動物、魚などの生き物が大好きだった私は、図鑑を見ながらたくさんの生き物の絵を描きました。小学校高学年からは、ドラゴンボールや名探偵コナンといった漫画にハマり、暇があればイラストを模写していました。中高生になってからは授業中に教壇に立つ先生の似顔絵を(かなり小馬鹿にした感じで)よく書いて遊んでいたものです。この頃培った(?)似顔絵を描く技術は、大人になってからも役立ちました。大学生の頃、体育会系の野球部では、1年生が飲み会の席で前説(一発芸的な)をやらされるという昭和的な文化がありました。面白いことをするのが苦手だった自分は、野球部内の先輩や同期の面白似顔絵を描き、それを紙芝居にするという芸で乗り切っていました。このイラストスキルがなかったらと思うと、あのツラい一発芸文化を私は生き残っていけなかったに違いありません…さて、大人になってからも友人の結婚式のウェルカムボードを描かせていただいたり、決して本業ではありませんが多くイラストを描かせていただく機会に恵まれました。そして今ではこのココナラというプラットフォームで出会った方のためにイラストを描かせていただくことができています。自分が描くイラストで1人でも多くの方に満足していただけると嬉しいです。ご相談お待ちしています!
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皇室とは何か? ~ルーツ調べの現場から~

 いろんな意味で「皇室」が話題になっている昨今ですが、皇族にあたる女性の結婚のあり方によっては、「皇室という概念が破壊されたり、支持されなくなるのではないか?」なんて懸念も出ているほどです。 憲法の上では、現在の皇室は「国民の象徴」とされています。もっと丁寧に読み解くと、日本国憲法の第一条では”天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。”とされていますから、◆ 国民の総意が、天皇制をやめよう!ということになると存続できないの?◆ 天皇、と書いてあるけれど、皇族・皇室についてはどこまで適用されるの?といった、付随するさまざまな疑問が生じても、当然かもしれません。 さて、この記事では、皇室の女性がどのように結婚するのが望ましいかについては、これ以上言及しませんが、「皇室とは何か」ということをざっくりとでも意識したり、理解しておくことは大切だと思います。 ものすごく平たく考えると、「天皇や皇室というのは、ずーっとずーっと昔からの、この国の王様の一族なのだろうなあ」ということになります。 その考え方は間違っていないのですが、そうなると「昔からの王様の一族を尊重するのは、まあよいとして、けれど今では、国民に主権があるのだから、その尊重の方法はもっと検討してもよいのでは?」ということになります。 ただ単純に「昔から王様は偉かったんだ」では、説明がつかない、ということですね。 そこで、現在の日本国憲法では、「偉かった」ということは、取りあえず横に置いておいて、「国民統合の象徴」という言葉を使って説明しています。 これは、また平たく言う
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池田さんのルーツ|あなたの名字には、どんな景色がある?

はじめに家系図を作ると、ご先祖様の名前や生まれた土地が分かります。でも、私が本当に面白いと感じるのは、その先です。「その土地には、どんな景色が広がっていたのだろう。」古地図を開き、その土地を歩いてみると、名字が生まれた理由や、ご先祖様が見ていたかもしれない風景が少しずつ見えてきます。今回は、「池田」さんのルーツにつながる土地を訪ねてみましょう。ルーツの旅クイズ全国で最も「池田さん」の割合が高い都道府県はどこでしょう?A 岡山県B 岐阜県C 佐賀県ヒントです古地図を見ると、道路のように見える無数の線。実はその多くが、水を巡らせるためのクリーク(水路)です。日本有数の穀倉地帯を支えてきた、水の町です。正解は...「C 佐賀県」です。「池田」は全国で24番目に多い名字ですが、人口割合で見ると佐賀県が最も高い地域として知られています。佐賀県では「池田」さんは6位。なぜ、この土地にこれほど多くの「池田」さんが暮らすようになったのでしょうか。その答えは、佐賀平野を育てた水の歴史にありました。名字と地域の歴史「池田」は、池や湿地、水田などに由来する地形姓です。そのため、「池がある土地」という印象を持たれるかもしれません。しかし、佐賀平野を支えていたのは、一つの池ではありませんでした。筑後川や嘉瀬川が運ぶ土砂によって広がった佐賀平野は、広大な田園地帯である一方、安定した水源を確保しにくい土地でもありました。そこで人々は、暴れ川だった嘉瀬川を治め、江戸時代には成富兵庫茂安が築いた石井樋によって川の水を取り入れます。さらに、有明海沿岸に発達したクリーク(水路)へ水を巡らせることで、農業用水・排水・
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【第十五話】地番のズレ

ご先祖が本籍をおいていた地で感じたあの違和感は、偶然ではないと思っていました。最古の本籍地から現在まで戸籍を追っても、転籍はない。名字もこの地域に多い。 土着していた可能性は高い。 それなのに、 請求した地番と現地の感覚が、どこか噛み合わない。 もしかすると、 請求している地番そのものが、正しく今の地図に反映されていないのではないか。そう考えるようになりました。相続の仕事を通じて、 公的書類であっても間違っている可能性がゼロではないことは知っていました。 固定資産評価証明書も、登記簿も、 前提がずれていれば結果もずれる。 実際に法務局へ行くことにしました。 証明書を出してもらうためではなく、 事情を確かめるために。 登記官に尋ねると、 この地域では土地の更正が入っていることが分かりました。 しかも二度。 区画整理によって地番が組み替えられていたのです。 そこで、頭の中の点がつながりました。 私は二度目の更正後の地図を基準に、 更正前の地番を照合していた。 だから、ずれていた。 まず更正前の地図を請求し、 新旧の地図を重ねる。 そのうえで、改めて旧土地台帳を取り直す。 やるべきことがはっきりしました。 再取得した旧土地台帳。 そこに、戸籍に記載されていた先祖の名前が載っていました。 その瞬間、胸の奥で小さく「ヨシ」と思いました。大きな感動ではありません。 けれど、ほっとした。 間違っていなかった。 見落としていたわけでもなかった。仮説を立て、確かめる。 一つの資料で判断しない。 別の記録と照らし合わせる。100年以上前の出来事なわけですから一筋縄ではいきません。先祖調査は、その小
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橋本さんのルーツ|あなたの名字には、どんな景色がある?

はじめに家系図を作ると、ご先祖様の名前や生まれた土地が分かります。でも、私が本当に面白いと感じるのは、その先です。「その土地には、どんな景色が広がっていたのだろう。」戸籍をたどり、古地図を開き、その土地を歩いてみる。すると、名字が生まれた背景や、ご先祖様が見ていたかもしれない風景が少しずつ見えてきます。今回は、「橋本」さんのルーツにつながる土地を訪ねてみましょう。ルーツの旅クイズ福島県で「橋本さん」が特に多い町はどこでしょう?A 会津若松市B 三春町C 白河市ヒント今回の舞台は、福島県のほぼ中央にある小さな城下町。日本三大桜の一つでも知られ、今も戦国時代の城跡や城下町の面影が残っています。正解は…正解は「B 三春町」です。「橋本」は全国で25番目に多い名字ですが、福島県、とくに三春町や郡山市周辺に多く見られます。「橋」が多い町だったからではありません。その背景には、戦国時代にこの地を治めた田村氏を支えた橋本氏の存在と、土地に根付いて暮らし続けた人々の歴史がありました。名字から見えてきた三春町の歴史「橋本」という名字は、「橋のたもと」を意味する地名から生まれた地形姓です。昔の橋は、人や物が行き交う交通の要所であり、市が開かれ、町が発展する大切な場所でした。そのため、橋の近くに暮らす人々が「橋本」と名乗り、全国各地へ広がっていったと考えられています。しかし、三春町に橋が特別多かったわけではありません。戦国時代、この地は田村氏の城下町として栄え、その家臣の一族として橋本氏が活躍しました。豊臣秀吉による奥州仕置の後、一部は他家へ仕え、一部は三春に残って地域に根を下ろします。江戸時代には
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大阪府|ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!

旅先や地域イベントに行くと、必ずといっていいほど目にする「ご当地キャラクター」。 ゆるキャラたちは、私たちに親しみやすさを届けてくれるだけでなく、地域の歴史や文化を知るきっかけにもなっていますよね。さて、ここで... ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!大阪府の公式マスコットキャラクターは 「もずやん」ですが、かつては違う名称でした。ではその名称とは何? ① モズモン ② モッシー ③ モッピー▼▼▼▼▼✅ 正解は… ③ モッピー!現在「もずやん」として親しまれているキャラクターは、大阪府の府鳥であるモズをモチーフにしています。実はもともと1997年の「なみはや国体」で誕生した際には 「モッピー」 という名前でした。その後も大阪府のイベントで長く活躍してきましたが、2014年に統一キャラクターとする際、他のキャラクターとの名称の重複が見つかり、改名することに。全国公募を経て、新しい名前「もずやん」が選ばれ、同年9月に改名が正式発表されました。名前の由来は、府鳥の「モズ」と親しみやすい響きを組み合わせたもの。今では大阪を代表するキャラクターとして、イベントや観光PRの場で幅広く活躍しています。名前やデザインの変遷には、地域に根ざしたストーリーが込められているんですね。こうしたキャラクターの背景を知ると、ただの「かわいいマスコット」以上に、その土地の歴史や人々の思いがぐっと近く感じられませんか?私たち自身の家族や先祖のルーツをたどると、どんな物語が見えてくるのでしょうか。
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家を継ぐとは? ~法律上、家を継ぐ事は存在しない~

 苗字や家系について調べていると、どうしても「家」というものに着目せざるを得ないことが多々あるのですが、ちょっと面白いことを思いついたのでせっかくの機会なのでお話しておこうと思います。「家を継ぐ」という言葉を、みなさんは耳にしたり使ったりしているはずですが、実は「家を継ぐ」ということは現在の日本には存在しないのを知ってますか?! これを聞いて「はあ?」と思う方も少なくないかもしれません。「え?だってうちの兄貴は家を継いでおやじの家に住んでいるよ」とか「あたしは女子1人なので、親が『家を継ぐのに養子をもらえ』みたいなことを言ってるよ」とか、そんな事例は山ほどあるので、「家を継ぐということが存在しない」ということについてはピンとこないかもしれません。 しかし、はっきり言っておくと「家を継ぐ」ということは、みなさんの意識の中の慣習としては残っているのですが、実際には法的には全く存在しない出来事なのです。 というわけで、今日はそのへんをズバリ解説してみましょう。 戦前までの家父長制度では、「家」というものが存在しており、それを継ぐという行為もきっちり決まっていました。 ところが、戦後民法が改正され、私たちは法律上「家を継ぐ」ということを失っています。 ここまでが「語句と規定」上のお話。 実際問題として、私たちのこころには「家を継ぐ」という行為がイメージとして残っていますよね? それは、具体的には、①父親の家屋敷を、長男が相続してそのまま代が代わっても住み続ける。②女の子ばかりのこどもの時、父親の姓を残すために、娘の夫の苗字を変えてもらう。③長男が都会に出てしまったので、次男のほうが実家
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ご先祖さまの探し方 姓氏・家系・苗字の調べ方 姓氏家系辞書・辞典の一覧

 <辞典類 姓氏・苗字>■ 『姓氏家系辞書』 太田亮 磯部甲陽堂1920■ 『姓氏家系大辞典』3巻 太田亮 角川書店1963 ■ 『新編姓氏家系辞書』 太田亮・丹羽基二 秋田書店1979■ 『山口県姓氏家系大辞典』 角川書店1991■ 『富山県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『姓氏苗字事典』 丸山浩一 金園社1992■ 『沖縄県姓氏家系大辞典』 角川書店1992■ 『宮城県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『鹿児島県姓氏家系大辞典』 角川書店1994■ 『群馬県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『静岡県姓氏家系大辞典』 角川書店1995■ 『全国名字辞典』 森岡浩 東京堂出版1997■ 『新編日本姓氏辞典』 千葉琢穂編 展望社1997■ 『日本の姓氏 大総鑑』 日正出版1997■ 『神奈川県姓氏家系大辞典』 角川書店1998■ 『日本名字家系大事典』 森岡浩 東京堂出版2002■ 『姓氏家系大事典』 丹羽基二 新人物往来社2002■ 『日本家系系図大事典』 奥富敬之 東京堂出版2008■ 『全国名字大辞典』 森岡浩 東京堂出版2011■ 『苗字辞典』 新藤正則 湘南社2011<辞典類 家紋>■ 『家紋大図鑑』 丹羽基二 秋田書店1971■ 『上州の苗字と家紋』 萩原進編 上毛新聞社1979■ 『日本家紋総覧』 能坂利雄 新人物往来社1990■ 『姓氏・地名・家紋総合辞典』 丹羽基二 新人物往来社1990■ 『家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1995■ 『続家紋でたどるあなたの家系』 千鹿野茂 八木書店1998■ 『日本家紋総鑑』 千鹿野茂 角川書店1
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森さんのルーツ|あなたの名字には、どんな景色がある?

はじめに家系図や先祖調査というと、「戸籍を集めること」が目的だと思われがちです。もちろん戸籍は大切です。ですが、それだけでは見えてこないものがあります。それが、その土地の歴史や風景です。今回は、全国に多い名字の一つ「森」を例に、名字を調べるとどんな旅が始まるのかをご紹介します。クイズです全国に広く分布する「森」さん。実は、人口比で特に多いことで知られる都道府県があります。それはどこでしょう?① 秋田県② 徳島県③ 熊本県・・・今昔マップon the webより作成・・・正解は...正解は、② 徳島県。「森」は、自然に生い茂る森に由来する地形姓です。全国各地で自然に生まれたため、一つだけが発祥地という名字ではありません。ところが徳島県では、名字ランキングでも上位に入るほど多く見られます。その理由は、山だけではありません。実は、鳴門海峡の歴史とも深く関わっていました。山と海が育てた「森」という名字徳島県は県土の約8割を山林が占める自然豊かな土地です。山から流れる川は海へ注ぎ、人々は昔から山と海の両方の恵みを受けながら暮らしてきました。こうした環境の中で、「森」という名字も各地で自然に生まれ、受け継がれてきたのでしょう。さらに徳島には、もう一つ特徴があります。それは、「森」という名字が海の歴史とも結び付いていることです。鳴門海峡から見えてきた、もう一つの森さん調べていくと、とても興味深い歴史が見えてきました。鳴門海峡を見下ろす土佐泊城。戦国時代、この城には阿波水軍を率いた森氏が居城していました。森氏は、単なる海賊ではありません。海峡を行き交う船を案内し、安全を守り、海上交通を支えた「
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竹之下という名字をたどったら、長野の小さな村にたどり着いた話

きっかけは、名字じゃなかった。長野だった最初から「自分のルーツを調べよう」と思っていたわけじゃない。きっかけは、長野だった。祖父は、長野県の出身。とはいえ、自分が長野にハマったのは血筋とは関係なくて、ただシンプルに「自然が好き」だったからだ。最初は、親友と二人で行った長野旅行。山も、空気も、流れる時間も、ぜんぶよかった。完全にハマって、今度は一人でもう一度行った。一人で歩く長野は、想像以上に良かった。そして、小諸(こもろ)で自分の心が動いた。小諸は、文豪・島崎藤村(しまざきとうそん)が教師として数年を過ごし、「千曲川旅情のうた」を書いた土地だ。「小諸なる古城のほとり」あの一節で知られる、小諸城。今は懐古園(かいこえん)と呼ばれるその城は、城下町よりも低い場所に築かれた、全国でも珍しい“穴城(あなじろ)”でもある。藤村がこの土地で何を見て、何を想ったのか。城を築いた人たちは、何を守ろうとしたのか。土地に染み込んだ「誰かの想い」に、触れた気がした。自分にとって歴史とは、「先人の想いに触れる旅」だ少しだけ、自分の話をさせてほしい。自分にとって歴史を学ぶというのは、年号や出来事を覚えることじゃない。自分より前の時代を生きた人たちの、熱い想い。彼らが何を考え、どうやって生き抜いてきたのか。それを知る「旅」だと思っている。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」ビスマルクの言葉として知られる、有名な一節がある。歴史から教訓を引き出して賢く立ち回ろう、という“お勉強”的な側面。それはそれで、確かに大事だ。でも、自分が惹かれるのは、もう少し違うところにある。教訓よりも先に、先人たちの「想い」に触
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ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!

旅行先や地元で見かける「ゆるキャラ」。すっかりお馴染みになりましたね。実はその姿や持ち物には、土地ならではの歴史や文化が隠されています。今日はそんな“ご当地の知恵”をクイズで楽しんでみましょう!さて、ここで...ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ栃木県佐野市のゆるキャラ 「さのまる」 が腰に差している食べ物は?① 玉こんにゃく② お団子③ いもフライ▼▼▼▼▼答え③ いもフライさのまるは佐野市のB級グルメ「いもフライ」を腰に差して地元の名物をアピールしています。揚げたジャガイモにソースをかけて食べるシンプルな料理で、学校やイベントでも人気。ゆるキャラを通じて地元の文化や食を楽しむことができるデザインです。ご当地の歴史や文化に触れることも、先祖をたどる“ルーツの旅”の一歩です。あなたも辿ってみませんか?
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なぜ、日本の戸籍制度はこんなにも独特なのか?

役所の書類で「本籍地」を書く欄、ちょっと迷ったことありませんか?「え? 今住んでる住所じゃダメなの?」と思ったり、「親の本籍だった場所を書けばいいのかな…」と戸惑った経験があるかもしれません。実はこの“本籍”という考え方、世界的に見てもかなり珍しいんです。それを支えているのが、日本独自の「戸籍制度」。でも戸籍って、普段の生活で意識する機会があまりないですよね。パスポートや結婚・相続のときにチラッと見るくらい。だからこそ、「日本の戸籍制度って、なぜこんなに独特なのか?」と聞かれても、意外と答えられない人の方が多いのではないでしょうか。“家系のルーツを記録し続ける”日本の戸籍制度日本の戸籍制度は、“家系のルーツを記録し続ける”極めて珍しい制度です。そしてこれは、私たちが「自分のルーツをたどる」ための重要な手がかりでもあります。世界基準では、ありえない!?戸籍制度が“日本だけ特殊”な理由日本の戸籍制度がユニークだとされる5つの理由を見てみましょう。①「親子単位」で管理されている多くの国では、個人ごとに出生証明・婚姻証明などを別々に発行されますが、日本の戸籍は「親と子」をひとまとまりとした“家族単位”で記録されているのが特徴です。これは、日本に古くからあった“家制度”の名残でもあり、他国にはほとんど見られません。戸籍制度は、中国や台湾などごく限られた国で採用されています。韓国では2008年に戸籍制度が廃止されました。日本の戸籍は、本人だけでなく、誰の子どもか、誰と結婚しているか、どのタイミングで離婚したかなど、人生の節目がすべて記録されています。だから、相続や婚姻など「家族の関係を証明
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「中学生・学童疎開の謎!~生きて帰れ!;;」

「なに?中学生が親元を離れて、数か月の寄宿舎生活をするの?受験とか勉強のために??・・・」あ~、そう。という政府の発表じゃけど、これって、ナンナン??まだ「中学生」なのに、なんで親元を離れないとイケナイのかい?!今まで、そんな事は「神戸大地震」でも「東北大地震」でもきいたことないけど・・・なんでや?^^;しかも、最初は「2か月程度?」と言っていたのが、「無期限?」という怪しさじゃ。何でも「高校受験を控えているから・・・」という理由かい?!あのな~「高校受験」等よりも、まんず「親子や家族が一緒にこの震災を乗り切る!」というのが、一番の勉強じゃ!!!そう、「ホンモノの生きた実践的な知恵を育てる最高の時」じゃ!!!こんな「災害緊急時」はね~、「半年や一年」位の「学年のズレ?」があってもエエわい!自宅で「お勉強」すればエエのじゃ!「パソコンやタブレット、スマホ」等で十分じゃ!卒業の証書は、各学校で渡したらエエのじゃ!「ちょっとくらい単位が足らなくてもOK!」じゃ!卒業証書さえあれば「就職」も「進学」もOKじゃ!たとえ「学校」に行っても、あまり「お勉強しない?」子供もいっぱいおるのじゃ!何が「疎開?」じゃ??戦時中じゃ~ねえ!しかも「中学生400人中の240~250人くらい?」が「100キロ程度離れた寄宿舎的な宿?に滞在」するが「勉強は自由勉強?」というし「先生は不在?」とのことじゃけど、そりゃ~「子供は自分で勉強をするのかい?自由なら自宅でイイじゃん!」ということじゃ!ナンデこんな「アホな」事をダレが考えて、ダレが実行しているんじゃ?前の「大地震」のときは、こんなこと全然無かったじゃん
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名字調べ、ルーツ調べの依頼が多いのはどんな時?

 もうずいぶんと長い間、みなさんの「ルーツ調べ」「氏族調べ」のサービスを提供していますが、「依頼したくなる理由」「依頼してみよう!と思う時」には、いくつかの傾向があります。 もし、みなさんの中で「一度調べてみようかな」と思っておられる方があれば、参考になさってください。■ こどもが生まれた時 お子さんが生まれたタイミングで、「自分の家や一族は、どういう流れや歴史があるのかな」と思うのは自然なことと思います。 若いご夫婦などが「それぞれの実家の苗字やルーツについて調べてください」という依頼をお寄せになることが多いです。 最終的にはお子さんが大きくなった時の宝物、という感じになるようです。「家宝として大事にします!」と言う声をいただくことが多く、励みになっています。■ 結婚する時 ・・・女性のほうが多い 女性が結婚したタイミングで、「自分の実家について調べてほしい」という依頼をいただくこともよくあります。 女性にとっては、自分の苗字が変わるという大きな出来事でもあるので、自分のルーツを再確認したい、という気持ちが強くなるのかもしれません。 その場合は、完成した資料などをご両親に渡したい、とおっしゃられることが多いように感じます。 逆に、男性が結婚した時に依頼を受けたことはゼロです(笑)男性の場合は、やはりお子さんが生まれたタイミングが多いと思います。■ 定年退職とともに 仕事を引退して、ある程度自由になったので、自分のルーツについて調べてみたい!と思われる方もおられます。 その場合は、当方に任せきりではなくて、実地調査などをご本人さんがなされながら、二人三脚で調査を進めて行く形が多
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山下さんのルーツ|あなたの名字には、どんな景色がある?

はじめに家系図を作ると、ご先祖様の名前や、かつて暮らしていた土地が分かります。でも、私が面白いと思うのは、その先です。「その土地には、どんな景色が広がっていたのだろう。」戸籍をたどり、名字を調べ、古地図を開いてみる。すると、名前だけでは見えてこなかった、ご先祖様が暮らした土地の歴史や風景が少しずつ浮かび上がってきます。今回は、「山下」さんのルーツにつながる土地を訪ねてみましょう。ルーツの旅クイズ全国第26位の名字「山下」さん。全国でも特に多い県はどこでしょう?A 長野県B 鹿児島県C 新潟県ヒント今回の舞台は、日本本土の南端に位置する城下町。約700年間、一つの大名家が治め続けたことで知られています。そして、町の名前には、ある「山」が関係しています。正解は…正解は「B 鹿児島県」です。「山下」は全国各地に広く分布する名字ですが、鹿児島県では特に多く、県を代表する名字の一つとなっています。その背景には、「山の下」という名字の意味だけではなく、鹿児島という土地が歩んできた長い歴史があります。そして鹿児島市には、現在も「山下町」という地名が残っています。では、この「山下」は、いったいどこの山の下なのでしょうか。名字と地域の歴史「山下」という名字は、その文字どおり、「山の下」「山のふもと」に暮らした人々から生まれた地形姓です。昔は、暮らしている場所が、そのまま人を区別する手がかりになりました。山のふもとに住む人を「山下」と呼ぶ。そんな呼び方が名字として定着し、全国各地に広がっていったと考えられています。では、なぜ鹿児島では「山下」姓が多いのでしょうか。その背景の一つとして考えられるのが
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鈴木(すずき)の名字ルーツ|「かな」で眺めてみたら

もし、私たちの名字が漢字ではなく、仮名で書かれていたら。それも、少し崩した文字だったら、どんなふうに見えるでしょうか。今回は、名字ランキング第2位※の鈴木(すずき)さんで試してみました。「すずき」を音から分けてみる普段、名字は漢字で見ることがほとんどです。でも今回は、音(読み)に注目してみます。「すずき」を、仮名のもとになった漢字(字母)で考えると、たとえば次のようになります。す・寸・春・寿・須ず・「す」に濁点き・幾・起・支これらをもとに、草書風・くずし字風に表現すると、やわらかく流れるような「すずき」という形になります。今回は、「す」に春、「き」に起を使ってみました。見慣れた名字が、少し違って見える実際の戸籍では、このような書き方をすることはありません。それでも、音から文字を眺めてみると、いつも見ている名字が、少し違って見えてくることがあります。意味を調べなくても、由来を断定しなくても大丈夫です。ただ眺めるだけで、距離感が変わることがあります。小さな「ルーツの旅」家系図や先祖調査というと、「きちんと調べないといけない」と思われがちですが、実は、こんな小さな入り口からでも始められます。・自分の名字の音を眺めてみる・昔の文字の形に目を留めてみるそれだけでも、「自分のルーツ」にそっと触れる時間になります。もし、 「自分の戸籍で確認してみたい」 「一人で進めるのは少し不安」 と感じたら、 戸籍を一緒に読み解く体験版もご用意しています。 ▶︎ 体験版の詳細はこちら この記事が参考になりましたら、 お気に入りに入れていただけると励みになります。※本記事は、仮名の字母をもとに、音から文
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滋賀県|ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!

滋賀県といえば、彦根城や琵琶湖、そして戦国武将・井伊直政の赤備えなど、歴史と文化の宝庫。そんな土地から生まれた人気者といえば「ひこにゃん」です。実はこの「ひこにゃん」、彦根藩二代藩主・井伊直孝を雷雨から救った“招き猫”の伝承と、井伊軍団の象徴である赤備えの兜を組み合わせて誕生しました。全国から寄せられた1167点の応募の中から選ばれた愛称で、今では滋賀の顔として広く親しまれています。その「ひこにゃん」には、なんと“公式ライバル”がいるんです。さて、ここで... ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!滋賀県のゆるキャラといえば「ひこにゃん」が有名ですが、ではそのライバルとされているキャラクターは?① わるにゃんこ将軍② まけにゃんこ将軍③ どくろにゃんこ将軍 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ✅ 正解は… ① わるにゃんこ将軍! 「わるにゃんこ将軍」は、彦根の人気キャラクター・ひこにゃんの公式ライバルとして登場した新キャラクター。 体の色はひこにゃんとは対照的な濃い青で、するどい目つきと黒い兜がトレードマークです。 デビューは2023年秋。ひこにゃんと「わるにゃんこ将軍」、はたして仲良くできるのか?それとも永遠のライバルなのか?二匹の掛け合いに注目ですね。ゆるキャラの誕生には、その土地ならではの歴史や物語が込められています。「ひこにゃん」と「わるにゃんこ将軍」のように、キャラクターの背景を知ると旅先がもっと身近に感じられるかもしれません。そんな視点で地域や家族の歴史をひも解くのが 「ルーツの旅」 です。あなたもルーツの旅に出てみませんか?
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カジュアルファッションのルーツは主にアメリカの若者文化から

カジュアルファッションのルーツは主にアメリカの若者文化から フォーマルな服装が主流だった時代から、機能性や快適性を重視した、より自由なスタイルへと変化していく その流れは、産業革命や戦後の文化の変化と密接な関わりがある労働着としての誕生 カジュアルファッションの代表的なアイテムであるジーンズは、19世紀後半にアメリカのゴールドラッシュで働く労働者のために、リーバイス・ストラウス社が開発した丈夫な作業着が始まり 当初は「ウエスト丈のオーバーオール」として売られており、耐久性が高く、機能的な作業服として広まった ジーンズはリベットで補強されたポケットが特徴 これは耐久性を最重要視した設計で、後にリーバイス社によって特許が取得され、労働者の間で広く普及していく チノパンは19世紀末に米軍の制服として開発 カーゴパンツは第二次世界大戦中のイギリス軍のユニフォームがルーツ これらはどちらも機能性と動きやすさが重視されていて、戦後に民間に広まってカジュアルウェアとして定着若者文化への浸透 第二次世界大戦後、アメリカの若者たちが、それまでの格式ばった服装ではなく、より自由で個性的な服装を求めるようによりラフで機能的な服装を好むようになる ジェームズ・ディーンやエルヴィス・プレスリーが、ジーンズやTシャツを着こなしたことで、これらのアイテムは若者文化の象徴として確立 カレッジスタイル(アイビールック) 1960年代には、アメリカの大学生の間で、ブレザーやボタンダウンシャツ、チノパンツなどを組み合わせた「アイビールック」が流行 このスタイルは、トラディショナルな要素を残しつつ、若者ならではの着崩
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秋田県|ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!

秋田といえば、四季折々の表情がとても豊かですよね。春は角館のしだれ桜、夏は竿燈まつり、秋は黄金色に染まる稲穂、冬は雪景色ときりたんぽ鍋…。訪れる季節ごとに、違った顔を見せてくれるのが秋田の魅力です。そんな秋田には、未来からやってきたちょっとユニークなキャラクターがいるのをご存じですか?さて、ここで... ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ秋田県のゆるキャラ「んだッチ」はいつの時代から来た?① 近未来② 過去③ 現代 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 答え① 近未来「んだッチ」は、近未来からやってきた“なまはげ風の子どもロボット”。秋田の元気や魅力を広く伝えるために誕生しました。2015年(平成27年)に秋田県の公式PRキャラクターとして活動を開始し、2018年には「あきたPRキャプテン」という肩書で秋田県職員として活動。イベントや交流の場で、秋田の良さをアピールしているんです。名前は、秋田県由利本荘市の小学生が名付けたもので、県民みんなに愛される存在。性格は明るくてフレンドリー、ロボットなのに食いしん坊というユーモラスな一面もあります。人とつながることを何より大切にしているキャラ。未来からやってきたゆるキャラ「んだッチ」のように、私たちのルーツを振り返る旅も、過去と未来をつなぐもの。そこにある発見は、これからの生き方にもヒントを与えてくれます。
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ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!

旅先で出会うご当地キャラクター。かわいい見た目に思わず微笑んでしまいますが、実はその土地の歴史や特産、文化を背負った“小さな案内人”でもあります。ご当地のゆるキャラを知ることは、その土地のルーツに近づく一歩。さて、ここで... ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ 和歌山県のゆるキャラ「うめっぴ」の妹は? ① おかっぴ ② みかっぴ ③ いかっぴ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 答え② みかっぴ「うめっぴ」は、日本一の紀州梅をPRするために2003年に誕生。性別は男の子、出身は和歌山県紀南地方。趣味はサッカーと梅の天日干し、夏が大好きで、好物は梅ジュースと白ご飯。プロフィールからも、土地の風土や暮らしぶりが伝わってきます。 そして妹の「みかっぴ」は、和歌山名産のみかんをモチーフにしたキャラクター。兄妹そろって梅とみかんという、紀南の果物文化を象徴しています。 和歌山・JA紀南は本州最南端に位置し、梅はもちろん、みかん・すもも・きんかんなどの果樹栽培が盛んなんだそう。ご当地キャラを通じて、地域の誇りや営みを感じることができます。 こんなふうに“かわいいゆるキャラ”からでも、その土地の歴史や文化を知る入り口になりますね。あなたもルーツの旅を辿ってみませんか?
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【ルーツの旅クイズ】「林さん」さんのルーツはどこ?

いつもご覧いただきありがとうございます。「ルーツの旅の案内人」こと山田です。 今回は、日本で19番目に多い名字——林(はやし)さんをご紹介します。林という名字の由来 「林」という名字は、文字どおり**木が茂る場所**を意味する地形由来の名字です。 全国のあちこちに「林」という地名があり、その土地から名字が生まれました。 今回取り上げるのは、奈良〜平安時代にかけて拝志郷(はやしごう)と呼ばれた地をルーツとする林さんです。 ルーツの旅クイズ!それでは問題です。 林さん一族のルーツのひとつは、古墳が数多く残るまち。 「拝志郷(はやしごう)」と呼ばれ、奈良時代から平安時代にかけて栄えました。 さて、その場所は次のうちどこでしょう? A.奈良県 B.京都府 C.大阪府 正解は…… ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ C.大阪府大阪府藤井寺市「林」地区は、古くは拝志郷と呼ばれた地。 ここで林一族が栄え、数々の足跡を残しました。 この地にある伴林氏神社(ともはやしのうじじんじゃ)は、大伴氏の支族・林宿禰の一族が祭祀を続けた神社。 周辺には前方後円墳も点在し、古代からの歴史が色濃く残る地域です。 まとめ藤井寺市の林さんは、 * 「木が茂る場所」を意味する名字 * 「拝志郷」という地名に由来する名字 の両方の性格を持っています。古市古墳群(世界遺産)をはじめ、歴史好きにはたまらない土地。訪れれば、林さん一族の息吹を感じられるかもしれません。あなたの名字にも、まだ知らない物語が眠っています。 こうして土地の歴史を知ると、地図や神社の名前の一つひとつが “自分のルーツ” につながって見えてきます。    「自分
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【ルーツの旅クイズ】「斎藤さん」さんのルーツはどこ?

いつもご覧いただきありがとうございます。「ルーツの旅の案内人」こと山田です。 今回は、日本で18番目に多い名字——斎藤(さいとう)さんにスポットを当てます。 「さい」の字はいくつある?斎藤さんには「斎」「斉」「齊」「齋」などさまざまな表記があります。 実はもとは旧字体の「齋藤」。 戸籍登録の混同や簡略化によって、いろいろな「さい」が生まれてしまいました。始まりは平安時代、ルーツは、藤原利仁の子・叙用(のぶもち)。彼は伊勢神宮に仕える「斎宮(さいぐう)」を統括する役職・斎宮頭に就任しました。 この役職名にちなみ、「斎藤」という名字が始まったと伝わります。 さて、ここで...問題です。ルーツの旅クイズ!「斎藤さん」の名字のルーツの地はどこでしょう? A.京都府 B.宮城県 C.福井県 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 正解は……C.福井県藤原利仁は福井県・敦賀を本拠とし、一族はそこから全国へ広がりました。 福井市内の天満神社には利仁が祀られており、「芋粥」の逸話は『今昔物語集』や芥川龍之介の小説にも登場します。 まとめ「斎藤」という名字には、 * 藤原氏の血筋 * 伊勢神宮とのつながり * 福井県敦賀に伝わる物語 といった歴史が隠されています。 名字をたどることで、土地の歴史もぐっと身近に感じられますね。 あなたの名字にも、きっとそんな“土地と物語”が眠っているはず。 【ルーツの旅のしおり】を片手に、自分自身の名字の物語を探してみませんか?
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【ルーツの旅クイズ】「木村」さんのルーツはどこ?

いつもご覧いただきありがとうございます。「ルーツの旅の案内人」こと山田です。今回は、全国で17番目に多い名字——木村さんにフォーカス!ちょっとした名字のルーツ話をお届けします。木村姓にはいくつかの名門ルーツがあります。そのひとつが、藤原秀郷の子孫・足利有綱の五男信綱が名乗ったとされる木村氏です。   さて、ここで...ルーツの旅クイズ! 藤原秀郷の子孫が名乗った木村氏の ルーツの地といえばどこでしょう? A. 栃木県 B. 青森県 C. 京都府 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 正解は… A. 栃木県この木村氏のルーツの地は、栃木県南部の都賀町(現在の栃木市)にあります。都賀町は、かつて家中村と赤津村が合併して生まれた地域。明治期には田畑の広がる静かな農村でしたが、鉄道の開通とともに発展しました。1963年に町制施行、2010年には栃木市へ合併され、町名は行政地図から消えましたが、木村一族の記憶と物語は、今も静かに息づいています。ルーツをたどる面白さ古い町名や地名は、戸籍や資料の中にひょっこり現れます。それは先祖の足跡を想像する大きな手がかり。「名字の由来を知りたい」「自分のルーツを探したい」そんな思いが芽生えたら、“ルーツの旅”の出番です。名前に刻まれた過去と、今を生きる自分をつなぐ旅へ。次は、あなたのルーツをたどってみませんか?
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【ルーツの旅クイズ】「松本」さんのルーツはどこ?

ルーツの旅の案内人こと、山田です。松は、正月飾りや神社の神木として親しまれてきた、日本人にとって神聖な木。 そんな「松」に由来する名字といえば――「松本」さんです。 では、松本さんのルーツはどんな土地につながっているのでしょうか? 今回は、名字ランキング15位の 「松本」さん に注目します!ルーツの旅クイズQ. 「松本」姓の由緒ある一族が、中世から神職や地頭として根を下ろした土地はどこ? A. 長野県 B. 鹿児島県 C. 奈良県 ヒントは… ・古くは「信濃国」と呼ばれた場所 ・城下町として栄え、今も観光名所になっているお城があります ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼正解は… A. 長野県!かつて信濃の国(今の長野県松本市周辺)には、清和源氏の流れをくむ「松本氏」が根を下ろしていました。 彼らは土地を守る地頭や、神社を支える神職として地域に深く関わっていたと伝わります。 「松本」という名字は地形由来なので全国に広がっていますが、特に関西地方や鹿児島などにも多く見られます。鹿児島に多い「松元」さんも、同じルーツを持つとされているんです。松が「神の木」とされてきた理由・常緑樹で枯れない=永遠の象徴 ・空へ真っ直ぐ伸びる姿=天と地をつなぐ依代(よりしろ)※目印のこと・神道の自然崇拝=神が宿る木として信仰 ・正月の門松=歳神様を迎える目印 こうした背景から、「松本」という名字には“神聖な木とともに暮らした歴史”が込められているといえます。 松本の地と名字のつながり松本市は今も城下町として知られ、周辺には温泉地も多く残ります。 江戸時代には藩主の御殿湯として栄えた浅間温泉、そして今は失われた路面
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ルーツや先祖はどこまで辿ることができますか?

 先祖調べや、ルーツ探しを希望なさる人にとっては「どこまで辿ることができるのか」ということは、興味深い質問だと思います。 これは、その家によってまったく違うので、「調べてみないとわからない」という身もフタもない答えになってしまうのですが(苦笑) けれど、どんな風に過去へ調べが進んでゆくのか、そのあたりをお話しましょう。<第一段階 明治から江戸末期まで> みなさんが一般的に「うちの先祖」とか「家系図が」といったイメージをお持ちになるのは、この段階です。 実は戸籍をたどれば明治29年前後に存命だった人の先祖は誰でも辿ることができるので、自分で戸籍をとって家系図を作る人もたくさんおられます。 行政書士資格を持っている人は「他人の戸籍を代理でとる」ことができるので、「家系図つくります」という業者さんは、その資格を利用して家系図にまとめて仕上げるサービスをしておられます。 ですが、自分でもできるので、ご予算に応じてお好きなやり方で取り組んでみてください。 とまあ、ここまでは一般的な話で、誰でもできるので当方では「家系図の作成」はやっていません。 それよりももっと専門的なことに取り組んでいる、と考えていただければと思います。(全体的な氏族の歴史に着目して、進めます) わずかながら「明治の段階で発生した苗字・名字」があるので、その場合はそこでストップです。確率的には数%しかありません。9割方はもっと先へ行けます。<第二段階 信長の時代くらい> 確率でいえば7割〜8割くらいの「田舎の農家です〜」というおうちに多いのがこのパターンです。いまの田舎の地域に先祖がやってきたのが「戦国時代」というおう
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なぜ名家はかならず没落するのか?

  ご先祖さま探しをしていると、よく、こんな話を聞きます。「うちは昔名家だったらしいが、没落した」「昔は土地をたくさんもっていたが、今は全部手放している」「うちは庄屋だった。現在はただの庶民だが」 こういう話を、一般的には「ああ、少しでも自分の家をよく思いたい、よく感じたい気持ちの名残なんだな」と解釈することが多く、家系図業者さんのサイトやブログ、苗字研究家さんの記述なども、そういう見立てをしている場合が見受けられます。 なので、私を含めて「ご先祖様探し系」の活動をしている人は、「その家に伝わっている伝承や、言い伝え、昔話は脚色されていることが多いから、注意しようね」というスタンスで物事に当っておられると思います。========== ところが、最近、いろいろ調査しているうちに、私個人は少し違う見立てをするようになりました。一般論として「家系は装飾しがちである」「伝承は、ちょっと良く見せたがるものである」ということまで否定するつもりはないのですが、名家とは、没落するものである!という公式のようなものを発見したわけです。 私のところに情報を寄せてくださる大塚さんの中に、同じような話を寄せてくださる沢山おられます。「うちは昔は名家だったらしく、土地もたくさんもっていたらしいが没落した」とか、今日の記事の冒頭に書いたような伝承は、やたら溢れているのです。========== 実は、うちの母方の先祖について、調査に入っているのですが、その家については、江戸中期に書かれた書物に「○○家は、旧家であり、この地方の庄屋を代々務めていた」という記録が残っています。 さて、この記録。別に自画自賛
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令和の時代でも? 戸籍に「士族」などの旧身分が載っていた!

 ココナラでは、もうずいぶんと一般のみなさまの「家系調査、ルーツ探し」をさせていただいておりますが、今回はかなり驚いた!事案がありましたのでご紹介。 士農工商とざっくり言われるような、旧身分は、現代の世の中については差別などの温床になるため、戸籍等の記載からは除外されているのがよく知られていますが、なんと「令和になって取得した戸籍(除籍)に士族などの旧身分が載っていた!」実例がありました。 私は行政書士ではないので、戸籍等の代行取得はしておりませんが、その代わりに歴史と家系・苗字の研究を積み重ねていますので、実際の戸籍の取得は依頼者ご本人さんにお願いすることになっています。 そこで、依頼者さんが取得なさった「除籍簿」に、今回はなんと「士族」とバッチリ書かれていて、なおかつ行政サイドの消し忘れで黒塗りも白抜きもされていないことが発見された次第。 こうしたその家に関わる重要な事項が残っている場合もあるので、ぜひみなさんも思い立ったら先祖の戸籍を取得なさることをおすすめします。 戸籍の保存期間は150年ですから、これからどんどん廃棄されるものも出てくると思われます。 というわけで、今回はたいへん珍しい実例でした。 
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佐藤(さとう)の名字ルーツ|「かな」で眺めてみたら

もし、私たちの名字が漢字ではなく仮名で書かれていたら、どのように見えるでしょうか。もちろん、普通の仮名ではなく、今回は「くずし字風」で書いてみました。試してみたのは、名字ランキング1位の佐藤(さとう)さんです。「さとう」を仮名のくずし字で表すと?佐藤(さとう)という読みは、字母(※平仮名や片仮名のもとになった漢字)をたどると、次のようになります。さ … 佐・左と … 登・止う … 宇これらをもとに、草書風に表現すると、こんな雰囲気になります。実際の戸籍では、名字は漢字・楷書で記載されることがほとんどなので、このような形で書かれることは、まずありません。それでも、音をたどって文字を眺めてみると、いつも見慣れた名字が、少し違って見えてくる気がしませんか。自分の名字をこんなふうに眺めてみるだけでも見え方や距離感が、ほんの少し変わることがあります。それが、小さな「ルーツの旅」の入り口になれば嬉しいです。ほんの一瞬、立ち止まるような感覚で。 自分のルーツに、そっと触れてみる 家系図というと、 「きちんと完成させるもの」 「立派な形に残すもの」 そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。 けれど実際には、 もっと小さなところから始めることもできます。 たとえば—— 自分の名字の音を眺めてみる。 昔の文字のかたちに、少しだけ目を留めてみる。 それだけでも、 これまで当たり前だったものが、 少し違って見えてくることがあります。 私は、そうした 「ちょっと気になる」という感覚を大切にしながら、 体験型の家系図づくりをお手伝いしています。 ルーツの旅とは? もし、自分のルーツがなぜか気になる。
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【ルーツの旅クイズ】「山田」さんのルーツはどこ?

いつもお読みいただきありがとうございます。今日は、日本で12番目に多い名字――「山田」さんのルーツを探る旅へご案内します!「山田」さんの由来とは?「山田」はその名の通り、山と田んぼから生まれた名字。日本は山地が多いため、昔の人々は山すそを切り拓き田んぼを作り、暮らしてきました。自然と人の営みをそのまま表したようなこの名字には、日本の原風景が目に浮かびますね。さて、ここで...ルーツの旅クイズ!Q. 鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』にも登場する、山田氏のルーツのひとつとされる地域はどこでしょう?A. 宮城県B. 福岡県C. 愛知県 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 正解は… C. 愛知県!「山田」という名字は全国にルーツがありますが、中でもよく知られるのが愛知県(旧・尾張)出身の山田一族です。この家系は、平安時代の武将・源満政や源満快の流れをくむ「尾張源氏」の一族とされ、鎌倉時代には幕府に仕えた御家人として活躍しました。幕府の公式記録『吾妻鏡』にも名が残されており、現在でも自らをその子孫とする家が各地に伝わっています。実は、かつて名古屋市の一部には、「山田村」という地名があり、そこに暮らしていた人々が「山田さん」と名乗るようになったとも伝えられています。現在もその名残として、「山田天満宮」や「山田町」といった地名が残り、地域の歴史を今に伝えています。 まとめ「山田」という名字は、山と田の自然に根ざした暮らしから生まれました。源氏ゆかりの家系として、鎌倉時代から活躍した歴史のある名古屋の地や文化にも深く結びついています。もしかしたら、あなたの名字にも、そんな物語が隠れているかもしれません。 “ル
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私のルーツの旅・第8話|「船大工・銀蔵」──初代長蔵の、もうひとつの名前

最初に地元の図書館を訪れたのは、ご先祖調査を始めたばかりの頃のことでした。 地域資料の棚には、黄ばんだ郷土史が山のように積まれていて、とてもじゃないけれど全部に目を通す気力はありません。  どこをどう見ればいいのかもわからず、手がかりもない。 結局その日は大した収穫も得られないまま、静かに図書館を後にしました。でもやっぱり、何かを見落としている気がする。そう思って、私は毎週末のように図書館に通い続けました。そのおかげで、当時の暮らしぶりには少しずつ詳しくなっていきました。けれど――肝心のご先祖の情報には、なかなかたどり着けなかったのです。「やっぱり、もうこれ以上は無理かもしれないな……」そう思いながら、分厚い史料を前にしたとき、心のどこかでそっと調査を諦めかけていました。けれど、あの日。国会デジタルコレクションで「長太郎」や「庄太郎」の名を見つけたことで、私は再び手がかりを探す決意を取り戻しました。曽祖父の名前が見つかったのなら――その上の世代にも、どこかに痕跡が残っているかもしれない。もう一度、情報を整理して調べてみよう。手がかりは、「あの分厚い本」が並ぶ最下段にあった そして、ついに──ようやく、見つけたのです。以前は手が回らなかった棚の、一番下にあった分厚い郷土史の列。司書の方が「漁業に詳しい記述がありますよ」と紹介してくださった本の一冊でした。当初は確認する余裕がありませんでしたが、もしこの本に最初に出会っていたら、調査方針もまったく変わっていたはずです。──それもまた、ご先祖調査の醍醐味。すべての経験に意味があったと思いたい。その郷土史は、地域の公民館で住民たちが
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【ルーツの旅クイズ】「吉田」さんのルーツはどこ?

今回は日本で11番目に多い名字――「吉田」さんに注目します!(※1)「吉」と聞くだけで、なんだか縁起が良さそうですよね。実はこの名字、日本人の“言葉への祈り”が込められています。「吉田」さんの由来「吉田」は“良い田んぼ”を意味します。さらに面白い話があって、昔の日本では「言葉には力がある」と信じられてきました(言霊の文化)。例えば「葦(あし)」という植物は“悪し”と聞こえるため、「吉(よし)」に置き換え、「葦の田」→「吉田」となったそうです。名字ひとつにも、日本人の縁起を大切にする心が表れていますね。ルーツの旅クイズ!Q. 吉田さんが比較的多い都道府県はどこでしょう?A. 山口県B. 富山県C. 奈良県▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ✅ 正解は C. 奈良県!吉田さんは、奈良(3位)、大阪(4位)、京都(5位)、兵庫(8位)と近畿地方に特に多い名字です。歴史の中の「吉田さん」近代日本の歴史を代表する人物に、政治家 吉田茂 がいます。日本国憲法の施行やサンフランシスコ講和条約など、戦後の重要な局面を支えました。外交官出身ならではのユーモアと風格も話題で、「GHQは『Go Home Quickly(早く帰れ)』の略だ!」なんて逸話も残っています。晩年は神奈川県大磯町で静かに過ごし、当時の邸宅や庭園からは、ひとりの人間としての穏やかな時間を感じ取ることができます。まとめ「吉田」という名字は、・古くは“良き田”を意味・言葉への祈り(言霊)から生まれた・近代日本の歴史にも名を刻んだ人物がいるもしかしたら、あなたの名字にも、まだ知らない物語が隠れているかもしれません。 “ルーツのしおり”を片手に、
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私のルーツ旅・第6話|漁師じゃなかった!?それに家紋まで…─迷宮へいざなう“本家の記憶”と一筋の光明

「えっ、うちの家紋って “下り藤” なんですか?」 それはまさに予想外のひと言だった。 ご住職から教えてもらった〇〇家の家紋は「丸に立ち沢瀉(おもだか)」だったはずだ。 私はそれを信じ、家系図にもきちんと反映させた。 ところが──本家のご主人の口から出てきた家紋は、 それとはまったく別の「下り藤」。 戸惑いとともに、胸の奥にぽっかりと 穴が空いたような気がした。 そもそも、私は間違った系統をたどっていたのか? それとも、この“食い違い”こそが、 まだ明かされていないルーツの鍵なのか。 導火線になった一通の手紙 物語は、数週間前に遡る。 菩提寺のご住職から 「本家にあたる方が、近くにいらっしゃいますよ」と 紹介された私は、手紙を書くことにした。 丁寧に綴った文章には、 自分がなぜ先祖を辿ろうとしているのか、 その想いを込めた。 今までの調査概要、家系図と質問事項を添え、 投函した数日後。 一本の留守番電話が、すべてを動かした。 本家)◯◯です。お手紙、拝見しました。 よろしければ、一度お話しませんか? 三代続く家具屋──“本家”という場所の重み 指定された日、 私は緊張しながらその家の玄関をくぐった。 ふわりと漂う木の香り── 本家は、三代続く家具屋だった。 「よくいらっしゃいました」 迎えてくださったのは、 ご主人とその奥様。 緊張していた私の気持ちをほぐすように、 奥様が温かいコーヒーを差し出してくださった。 用意していた手土産を渡すと、 机の上には古びた戸籍の束が 置かれているのが目に入った。 見るからに貴重そうな資料。 しかも、あらかじめ準備してくださっていたという。 自
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【ルーツの旅クイズ】「小林」さんのルーツはどこ?

日本で9番目に多い名字―― 「小林」さん。素朴で親しみやすい名字ですが、その由来を探ると“里山の物語”が隠されています。「小林」さんの由来「小林」はその名の通り「小さな林」から生まれた名字。地形に由来する姓のひとつで、人と自然が共に生きた「里山の象徴」ともいえます。ちなみに…「林」= 人の手が入った整備された土地「森」= 自然のままに茂る場所つまり「小林」とは、自然と人の暮らしが寄り添った“里山”の名残なんですね。さて、ここでルーツの旅クイズ!Q. 小林さんが都道府県別で最も多いのはどこ?A. 兵庫県B. 熊本県C. 長野県ヒントはこちら👇この県には善光寺がることでも有名ですよ。さあ、もうお分かりですよね。▼▼▼▼▼▼✅ 正解は… C. 長野県!小林さんは特に長野県北部に多く、群馬県や山梨県でも上位に入っています。その広がりは、長野を中心に関東全域へとつながっていったと考えられているんです。なかでも知られているのが、 地名にもなっていた 「伊那郡小林村」(現在の飯田市の一部)。 このあたりには、 諏訪氏にゆかりのある一族が住み、 地名をもとに「小林」と 名乗るようになった… という伝承もあるのだとか。そして、長野といえば外せないのが、そう、善光寺です。信仰の中心地として全国から人々が集まり、「小林」という名字とも深く結びついていきました。歴史に残る「小林」さん長野県出身の有名人といえば、江戸時代の俳人 小林一茶。「やせ蛙 まけるな一茶 これにあり」で知られる一茶は、信濃の里山で生まれ育ちました。彼が詠んだ句には、自然と人が共に生きる風景がそのまま映し出されています。おわりに「小
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【ルーツの旅クイズ】「山本」さんのルーツはどこ?

日本で7番目に多い名字「山本」さん。「山本」という名字は、そのままズバリ“山のふもと”のこと。山の麓に通った一本道の両脇に家が並んでいる風景が思い出される方もいるかもしれません。これが、まさに日本の原風景ですね。西日本に多いと言われるこの名字、実は江戸時代後期の有名な禅僧も名乗っていました。では、ルーツの旅クイズ!その禅僧・良寛(りょうかん)の幼名は「山本栄蔵」。さて、生家があったのは次のうちどこでしょう?A. 新潟県B. 宮城県C. 滋賀県ヒント:この県はなんと日本で一番神社の数が多いことで知られています。✅ 正解は…▼▼▼▼ ▼ ▼A. 新潟県! 良寛は、宝暦8年(1758)、越後国出雲崎(現・新潟県出雲崎町)の町名主で回船問屋を営む「橘屋山本家」に生まれました。詩歌や書に優れ、清貧の思想を貫いたことで知られる曹洞宗の僧侶。庶民に寄り添い、子どもたちと遊ぶ姿が今も語り継がれています。新潟県には4700社以上もの神社があり、昔から豊かな農・漁業と北前船交易で栄えた歴史があります。明治政府による神社統廃合(合祀政策)にも比較的消極的だったため、昔ながらの神社が多く残ったとも言われています。神社や祭り文化も盛んで、まさに“ルーツの旅”にぴったりの土地ですね。
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【ルーツの旅クイズ】「伊藤」さんのルーツはどこ?

日本で6番目に多いとされている名字「伊藤」さん。実は、この名字には平安時代までさかのぼる古い歴史と、ある地名が深く関係しているのをご存知ですか? 「藤」という文字からも分かるように藤原氏の子孫になります。そして「伊」といえば...もう、わかったという方もいるかもしれません。 さて、ここでルーツの旅クイズ! 「伊藤」さんの発祥の地はどこでしょう?A.京都府B.三重県C.広島県(答えはもう少し下に…)💡 ヒント・かつて「宇治山田」と呼ばれた町▼▼▼▼▼▼▼✅ 正解は… B.三重県!「伊藤」の「伊」は伊勢国、つまり現在の三重県を指しています。平安時代、伊勢守(いせのかみ)となった藤原氏の子孫がこの地に根付き、「伊藤」と名乗りました。内宮側の「宇治」と外宮側の「山田」が合わさり「宇治山田町」と呼ばれたエリアが、その舞台です。今も残るルーツの足跡・宇治山田駅(国の登録有形文化財)・伊勢神宮の内宮と外宮を結ぶ門前町・川の流れや町割りが、時代と共に形を変えてきた土地家系タイムラインで見る「あなたの名字」もしあなたが「伊藤」さんなら、あなたの名字の物語は、平安時代の伊勢から始まっているかもしれません。
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【ルーツの旅クイズ】「田中」さんのルーツはどこ!?

日本で4番目に多い名字「田中」さん。昔から日本の原風景にある“田んぼ”が名前の由来です。田んぼのような地形は全国にあり、地名由来の名字と違ってどこでも生まれるため、全国に広く分布しています。では、ルーツの旅クイズです!江戸時代に短い期間だけ「田中」という名字の大名がいました。そのルーツとなった地は次のうちどこでしょう?A. 静岡県B. 宮城県C. 滋賀県ヒント:その武将は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、関ヶ原の戦いでは石田三成を捕らえた功績で有名です。✅ 正解は…▼ ▼ ▼▼ ▼ ▼C. 滋賀県! 🎉田中吉政は近江国田中(現在の滋賀県高島市)をルーツとし、戦国から江戸初期に活躍しました。関ヶ原の戦い後は筑後柳川32万5000石の大名となりましたが、その家はわずか17年で断絶しました。滋賀県には琵琶湖周辺の「内湖」と呼ばれる湖跡地が多くあり、昭和期の干拓事業で水田に生まれ変わった地域もあります。名前の由来である“田んぼ”とも、どこか深いつながりを感じますね。普段は意識しない名字にも、意外な歴史と物語が詰まっています。あなたも自分の名字のルーツを探してみませんか?あなたの名字にも、まだ知らない物語があるかもしれません。
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【ルーツの旅クイズ】「高橋」さんのルーツはここ!?

日本で最も多い地名由来の名字「高橋」さん。令和の時代では「橋」という文字は珍しくないですが、昔は「高い場所にかかる橋」や「大きな橋」はとても目立つ存在でした。橋のつく名字が多いのも、なるほど納得です。では、ルーツの旅クイズです!ある集落では住民全員が「高橋」さんでとても有名で、テレビでも紹介されたことがあります。さて、その集落がある県はどこでしょう?A. 長野県B. 埼玉県C. 秋田県ヒントを少しだけ。この地域には大きく蛇行する「雄物(おもの)川」が流れていて、江戸時代には港町として栄えた場所でもあります。歴史がお好きな方ならピンときましたか?✅ 正解は… ▼▼▼▼▼▼▼C.秋田県! 🎉秋田県湯沢市の旧皆瀬村にある羽場集落では、住民全員が「高橋」さんだそうです。旧皆瀬村全体でも高橋姓の割合は約3割と非常に多く、「高橋さんの村」と言えるでしょう。お互いをどんな風に呼び合っているのか、想像が膨らみますね。高橋姓の由来高橋姓は、第八代孝元天皇の皇子・大彦命の子孫とされる一族がよく知られています。奈良県天理市の「大和国高橋」の地名に由来し、代々朝廷や天皇家の食事を担当していた阿曇氏と関わりのある家系とも伝わります。秋田県の歴史的背景も少しご紹介江戸時代、雄物川の河口にある秋田市の土崎地区は城下町の外港として、また北前船の寄港地として大いに栄えました。その後、大正時代から昭和初期にかけて河川の改修が行われ、洪水被害の軽減と秋田港の発展に大きく寄与しています。このような土地の歴史背景とともに、「高橋」さんのルーツを探ることができます。普段なかなか意識しないけれど、名字には長い歴史とストーリ
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【ルーツの旅クイズ】「鈴木」さんのルーツはどこ?

鈴木さんって、身近な名字だけど…実は“とても深い歴史”があるんです。そしてそのルーツには、“とある神聖な場所”が関係しているのを知っていますか?今日はそんな「鈴木さんのルーツ」をクイズ形式でご紹介します! 鈴木さんは、日本で2番目に多い名字で全国に約180万人もいます。特に関東から東海地方を中心に広く分布しています。 そんな鈴木さんの名字には、こんな由来があるとされています: *神職に関わる家系 *稲の束を意味する「すずき」に由来 *一族が全国に広がった“地縁性” 身近なようで、実はすごく奥深いんですね。 ではここで、ルーツをたどるクイズです!Q.「鈴木」さんの発祥地とされる県はどこ?A. 静岡県 B. 和歌山県 C. 愛知県 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ✅正解は…B. 和歌山県!鈴木さんと「熊野」の深いつながり 鈴木姓のルーツは、紀伊半島・熊野地方にあります。 ここは、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)がある、古くからの信仰の地。 その神社を守ってきた神職の一族「鈴木氏」が、鈴木という名字の始まりとされています。また、「すずき」は稲藁の束のことを指す言葉で、“自然”や“農耕文化”とのつながりも深いんです。別の表記として「穂積(ほづみ)」が使われることもあり、稲作とともに生きてきた日本人の姿が見えてきます。ルーツを知ると、地名が「自分の物語」に変わる名字のルーツを知ると、いつか地図で見た場所や知らなかった町の名前が、“自分につながる場所”に変わって見えてきます。たとえ和歌山に行ったことがなくても、そこがご先祖ゆかりの土地かもしれません。今こそ、“ルーツの旅”、始めてみ
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珍しい苗字や、希少な苗字ほどルーツがわかる!

 日本には数え切れないくらいの苗字・名字があり、その中でも最多の分布を誇るのが「佐藤」さんだというのは、よく知られています。 佐藤・鈴木・田中・山本 などは、分布上最多ランキングを占める「それを名乗っている人たちが多い苗字」であり、一見すると情報量も多いのだろうなあ、という気がするかもしれません。 ところが実際には、名乗っている人たちが多い苗字にも、系統が細かく分かれていたり、由来や語源が実は違う、なんてこともよくあります。 そうすると、名字辞典などの記述を参考にして「ああ、うちの田中はそういう氏族なんだ」と早合点してしまうと、じつはぜんぜん繋がりのない別の系統の話を読んでいるだけ、ということも起こり得るわけです。 実際にルーツ調べをしていると■ あまり周囲に無いような珍しい苗字■ 現存数が少ない希少な苗字■ 自他ともに認める「変わった、レアな苗字」のほうが、そのルーツや氏族が「はっきりとわかる」「しっかり記録に残っている」ということがよくあります。 名字ランキングなどで、ほとんど「下のほう」の苗字をお持ちであれば、思わぬ来歴が、思わぬところに残っていたりするので、ぜひ一度調べてみてほしいものです。 ご依頼なさる方は「うちの苗字は珍しいので、あまり情報がなくわかりにくいかもしれませんが・・・」と謙遜しながらご依頼をくださりますが、結果的にはそういうお家のほうが、「しっかりとしたご先祖様の来歴」が明らかになったりもするので、歴史的にも興味深いものがあります。 希少な苗字シリーズでは、「なんだか普通に、一般的に使う単語じゃないような気がする」「どうも近くにある地名とかではなさそう」
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先祖探しやルーツ調べに「人工知能」は使えるか? 

 ChatGPTという自然言語処理人工知能(AI)が登場してから、あっという間に世界は「人工知能一色」になってしまいました。 コンピュータに関わる各社から競い合うように新しい、あるいは強力なAIが登場しており、私達のふだんの生活や仕事の中にも、取り入れられるようになってきています。 さらに、今年になって文章の処理だけでなく「画像や動画の生成」においても人工知能は目覚ましい発展をしていて、もはや現実と区別がつかないような映像が出てきたり、ほぼ自動で映画のようなシーンが生成されたりしているのは、驚くばかりです。 さて、そんな中で、「自分の先祖のことや、ルーツについて、人工知能に尋ねてみたり、調査を依頼するのは、可能なのか?」という点について、検証してみたいと思います。 たしかに、人工知能は「何かを尋ねると、それなりに正しい内容をすぐに、細かく答えてくれる」という特徴があります。なので、「もしかすると、先祖調査をAIに依頼することが可能なのではないか?」と思いつくのは、まったく自然なことだと思います。 ところが、これは「大きな罠」で、ほぼ100%の割合で、「間違った答えしか返ってこない」と言えます。それはもう苦笑せざるを得ないレベルでの「誤り」ばかりなので、ほんとうに注意が必要なのです。 たとえば、グーグルのAIであるGeminiに、私の苗字である「大塚」について尋ねてみたとします。 少弐氏から分かれた大塚氏は、肥前の三根郡大塚由来であることは、まあ合っているのですが、いきなりロシア文字が出てきたり、「靠目結」という通常の家紋表記ではあまり用いられない漢字が用いられたり、何も知らずに
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苗字とDNA  ~先祖と、血はつながっているのか?~

 おかげさまで苗字研究の現場に長く携わることで、「果たして日本人とは何か」とか「家とは何か」とか、あるいは「なぜ自分はここに存在しているのか」といった根源的な謎について、ある程度の理解を深めることができるようになりました。 そうした苗字調べの中で、「わたしたちは誰の子孫か」という本質的な問題について、一定の答えが出たような気がします。この答え、気をつけなくてはいけないのは、次の2つのポイントがあることです。1) 私達日本人は、ほとんどすべての人間が天皇家などの貴種の子孫(あるいは何か力や権力を持った家柄の子孫)であるが、DNAや血でその貴種性を受け継いでいるわけではない。2) 先祖と血と苗字というのは、大きな「ラベル・枠・分類」のようなもので、一種のファンタジーであるが、そのファンタジーこそが重要な日本の枠組みを支えている。 まずは1つめの解説です。 私は大塚家の人間ですが、もっとも最初に大塚を名乗った人物がいたとして、その人物の ”血” を受け継いでいるというのは、とてもナンセンスです。 なぜなら、普通に考えて、両親2人からDNAや血を受け継ぐわけですが、一世代を経るごとに半分になります。大塚の遺伝子は、子供には半分しかいかないわけです。 そうして考えると、2世代ですでに4分の1の遺伝子や血しか受け継いでいないのに、4分の3は別の家のものなのに「大塚」を名乗っているという変なことになるわけで、つまりは「大塚さんというものは99.99・・・・%の部分、初代の大塚さんの遺伝子ではないが、大塚という苗字を受け継いでいるのだ」ということがわかります。 そうなると、先祖を辿れば源氏や藤
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江戸時代の飢饉の恐ろしさと、ルーツや先祖

 ルーツ調べをしていると、ほとんどの場合はみなさんの「田舎や実家、本家」と思っていらっしゃるあたりに、何らかの先祖やルーツの痕跡があり、意外に簡単に遡ることができます。 今、都会に住んでいらっしゃる方でも、40代や50代であれば「父の実家」とか「祖父の実家」をある程度把握しておられることが大半なので、まあ、そのあたりをまず調べれば、氏族そのもののルーツを見つけることが容易いと言えるでしょう。 逆に、「おじいちゃんの代から都市部に住んでいます」という方は、いわゆる田舎や本家から脱出している時期が早い(おそらくは江戸時代の間)ため、そこから先をおいかけるのは、多少難しくなる傾向があります。 そのように、すごくベタな言い方ですが「実家や本家」というものと、その地域や氏族のルーツは密接に関わっているもので、「地縁血縁」のような言葉が生まれるのもそのためですね。 ところが、先日ルーツ調べに関わったおうちでは、不思議なことに「先祖の住んでいた土地と、今残っている苗字との繋がりがぷっつりと途切れている」ということが起きていました。 たしかにその苗字とおなじ地名は、少し離れたところにあるのだけれど、その村と今の苗字とは地縁や血縁が繋がっておらず、関連性がよくわからなかったのです。 もっと不思議なことがあって、ある地域に、仮にAという苗字があったとしましょう。その地域は室町時代や戦国時代からちゃんと記録に登場するくらい古い村だということがわかっています。 そこから50キロくらい離れたところにAという同じ言葉の「村名」「字名」「集落名」があるのですが、その村が出来たのは江戸時代前期の新田開発によっ
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あなたの根幹にある惑星

最近は、こんな↓図を作って楽しんでいます。 ファイナルディスポジターと言いまして、 その人の考えの根幹にあるもの、 意思決定にどの惑星が深く関わるか、等がわかります。 この方の場合、蟹座♋の月☽が一番影響力がありそうです。 (ピンクで囲んだもの) 感受性豊かな気配りの天才と言えるでしょう。ファイナルディスポジターで「この星が一番強い」というものに辿り着かず、 「ループ」する場合もありますが、決して悪いことではありません。 各天体のどれかに偏らず、慎重に考えて意思決定すると言えるでしょう。 また、2つの惑星が循環しているものも見られますが、 (水色で囲んだもの) これは2つの惑星の「良いとこ取り」ができるお得なサインです。 木星の幸運と魚座の想像力が力を発揮するでしょう。 自分の心の根底にある星がわかるなんて、面白いですよね!
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田舎暮らしや移住がうまくいかない理由

 仕事をリタイアしたら、田舎でのんびり暮らしたい!とか、子供たちには自然豊かなところでのびのび育ってほしい!といった希望を持って、「田舎暮らし」を検討しておられる人はとても多いと思います。 ところが、実際に田舎に移住してみると、「田舎の人は閉鎖的」であったり、「都会暮らしと感覚が合わない」など、トラブルに見舞われるという話もちらほら聞こえてきます。 メディアなどでも、こうした「都市出身者の田舎移住」についての課題や問題点、あるいは起こりうるトラブルについていろいろ話が出ていますが、今回は「ルーツ調べ、ご先祖さま探し」というまったく違った視点から、この謎について解説してみたいと思います。 どうして都会からの移住者と、田舎の人たちの間で齟齬が生じてしまうのか、目からウロコの納得の理由を説明します。========== 一般的には、田舎暮らしを目指して移住してきた人たちは「都市・都会の感覚」を持っていて、田舎の人たちは「閉鎖的で村社会」であるといったイメージが思い浮かぶと思います。その感覚、考え方に違いがあるから、田舎暮し移住がうまくいかないのである、という話はわかりやすいと思います。 ところが、それらの記事や説明では「なぜ都会と田舎の感覚や考え方には違いがあるのか」について、あと一歩つっこんだ話がなされません。 田舎暮しを提案している人たちや専門家でも、いまいちよく知らないというか、さらっとスルーしていることが裏に隠れているのですが、そのためには、ある程度の「歴史」を知っておく必要があるのです。 まず、「都市生活者」と「田舎に住んでいる人たち」は、どうして切り分かれたのか、という疑
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苗字のルーツがわかりにくい地方ってあるの?

 これまで、数千件の苗字調べ、ルーツ調べをしてきたのですが、その中で気付いてきたのは「苗字やルーツが調べにくい地方」「氏族の動向がわかりにくい地方」がある!ということです。 もちろん、全国どこであっても、みなさんのご先祖様に対する思いは変わらないので、ルーツを知りたい!という気持ちはどこでも同じなのですが、実際には「ここはちょっと難しいぞ!」というエリアがあるのも事実です。 そこで、今回は、「ルーツがわかりにくい地方」をいくつか紹介してみたいと思います。もし、万一、その地方出身の方がおられたら残念に思うかもしれませんが、それでもあえて調べてみる価値はあるかもしれません。=========◆ 北陸地方 ◆ なんと言っても、ルーツを追いかける上で苦戦するのは「福井県・石川県・富山県・新潟県」です。 これらの地域は「旧・越(こし)地方」「越(こし)の国(くに)」と呼ばれたエリアで、「越前・越中・越後」に相当するのですが、とある理由で江戸時代以前のルーツが、非常にわかりにくいです。 その理由というのは「加賀一向一揆」です! そもそも、地名と苗字はとても強く結びついているのですが、ある氏族が「ここを領地とするぞ!」と主張するために「地名を苗字として名乗る」のが一般的です。 なので、基本的には荒っぽい言い方ですが、「その苗字と同じ武将がそこらへんにいる」というのが普通の地域なのですね。 だから戦国時代などの記録を見て、「その地域に、おなじ苗字の武将が活動していて、なおかつその武将の先祖は鎌倉時代や室町時代の守護地頭などの分れ」なんてことが判明すれば、まあざっくりですが、その人は、その武将ら
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あなたの先祖は戦国武将?!

 これまで、ココナラさんのサービスで1000家以上の苗字を調べてきましたが、そうしたデータの積み重ねの中で気づいたことがあります。 それは、たいていの人、ほとんどの人が、「先祖は戦国武将である!」ということです。 もちろん、歴史上の人物には有名な「戦国武将」や「戦国大名」がいて、織田信長をはじめ、先日までの大河ドラマの主人公だった明智光秀などの、あまたの武将がいることはご存知のとおり。 それらの武将の中でも、一国の主となったものは特に「戦国大名」と呼ばれて、大きな力を持っていたことも、お馴染みのお話です。 逆に言えば、戦国時代でおなじみの毛利元就や伊達政宗なども、それぞれの国の支配者ばかりですから、いわゆる有名どころはみな「戦国大名」ということになるでしょう。 ここでちょっと誤解を解いておきますが、これまで苗字調べ、ルーツ調べをしてきた中で、「先祖が戦国大名」だった人は、残念ながら1家もありませんでした。なので、織田信長の子孫や、明智光秀の子孫、あるいは大友宗麟の子孫や武田信玄の子孫はめったにいない、ということでもあります。 さすがに一国の主となった「戦国大名」の子孫というのはなかなかいない、ということでもあります。  ところが、「戦国大名」の家臣であった「戦国武将」たちの子孫は、うじゃうじゃいます。 みなさんのご先祖のほとんどは、「戦国武将」だった!と言いきっても過言ではないくらい、「いち武将」の子孫はとてもたくさん広がっているのです。 どういうことかと言うと、「一国まるごと支配した戦国大名の子孫はさすがに少ない」けれど「小さい領地を治めた戦国武将の子孫は、たくさんいる」とい
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石川さんのルーツ|あなたの名字には、どんな景色がある?

はじめに家系図を作ると、ご先祖様の名前や、かつて暮らしていた土地が分かります。でも、私が面白いと感じるのは、その先です。「その土地には、どんな景色が広がっていたのだろう。」名字を調べ、古地図を開き、その土地を歩いてみる。すると、名前だけでは見えてこなかった土地の歴史や、ご先祖様が暮らしたかもしれない風景が少しずつ浮かび上がってきます。今回は、「石川」さんの名前が残る土地を訪ねてみましょう。ルーツの旅クイズ全国第27位の名字「石川」さん。栃木県では名字ランキングのトップ10に入るほど多い名字です。では、今回の旅の舞台となる「上石川」があるのは、どこでしょう?A 鹿沼市B 足利市C 日光市ヒント今回の舞台には、現在も「上石川」という地名が残っています。そして、この土地には、かつて石川氏が暮らした城がありました。正解は…正解は「A 鹿沼市」です。今回訪ねるのは、栃木県鹿沼市上石川。ここには、かつて石川氏が居城としたとされる石川城がありました。現在も周辺には、堀や土塁などの遺構が残っています。住宅や田畑が広がる静かな地域ですが、戦国時代には、この土地も勢力争いの舞台の一つでした。では、なぜ「石川」という名前が、この土地に残っているのでしょうか。名字と地域の歴史「石川」という名字は、全国各地にある「石川」という地名から生まれた名字です。そのため、「石川」という名字だからといって、必ず一つの土地につながるわけではありません。同じ「石川」という名字でも、異なる土地をルーツとする家が存在します。だからこそ、名字を手がかりにするだけではなく、「どこに住んでいたのか」という情報を一つずつ確認してい
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三重県|ルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!

少し間が空いてしまいましたが、これからまたマイペースに更新していこうと思います。読んでくださる方の“へぇ〜”や小さな発見につながるような内容をお届けできたら嬉しいです。さて今回は、三重県にまつわるルーツの旅ご当地ゆるキャラクイズ!さっそくいってみましょう。Q. 第27回全国菓子大博覧会・三重の公式キャラクター「いせわんこ」が両手に持っているお菓子は何でしょう?① 赤福② おかげ犬サブレ③ 三色だんご・・・・・答えは決まりましたか?それでは正解発表です。✅正解は…③ 三色だんご!モチーフとなったのは「おかげ犬」「いせわんこ」は、2017年に開催された『第27回全国菓子大博覧会・三重(お伊勢さん菓子博2017)』の公式キャラクターとして誕生しました。モデルとなっているのは、江戸時代のお話に登場する“おかげ犬”。これは、伊勢神宮への参拝が盛んだった頃、事情があって旅に出られない飼い主の代わりに犬が旅をした——という言い伝えをもとにしています。犬は首にお金やお願い事を書いた札をつけ、途中で出会った人たちに助けられながら伊勢へ向かい、無事にお札を持ち帰ったと言われています。そんな健気で温かい物語が、「いせわんこ」のルーツなんですね。そしてキャラクター設定としては、甘いものが大好き。その象徴として、かわいらしい三色だんごを持っているのです🍡いせわんこのことば「〜かし」「いせわんこ」が話すときの語尾には「〜かし」という言葉がつきます。これは伊勢地方のことばで、「〜です」「〜ます」に近いニュアンス。たとえば、「おいしいかし」「元気いっぱいかし」という感じで、やさしい響きが特徴です。聞いているだ
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【ルーツの旅クイズ】「井上」さんのルーツはどこ?

ルーツの旅の案内人こと、山田です。今回のテーマは、全国で16番目に多い名字「井上」さん。 水を意味する「井」と、上流・上手を表す「上」。つまり、井戸や水のある暮らしと深く結びついた名字です。福岡県など西日本に多く見られますが、実はそのルーツは別の場所にもあるんです。 さて、ここで、、、。ルーツの旅クイズQ. 「井上」姓の由緒あるルーツのひとつ、清和源氏ゆかりの土地はどこ?A. 山口県 B. 長野県 C. 福岡県 ヒント:二つの川に挟まれた“中洲”のような地形で有名。戦国時代にはあの大合戦の舞台にも…! ▼▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 正解は… B. 長野県!長野県須坂市「井上郷」は、平安時代に清和源氏の流れをくむ源頼季の子孫が土着した地。ここから信濃源氏の有力な武士団が生まれ、「井上」の姓も全国へ広がっていきました。 やがて彼らは各地へ移住し、福岡・山口・広島などにも根を下ろし、名字は全国的に広まったのです。 川中島と「井上氏」のゆかり井上姓のルーツ地のひとつ、川中島周辺は戦国時代の激戦地でもありました。有名な言い伝えのひとつが「三太刀七太刀伝説」――。永禄4年(1561年)、上杉謙信が武田信玄に斬りかかり、信玄が軍配で受け止めたという逸話です。この伝説を後世に残そうと、地元の漢学者・井上雲桂が大正時代に石碑を建立。現在も「川中島古戦場史跡公園」で見ることができます。 歴史の真実はともかく、こうした“伝説を刻んだ石碑”は、土地と名字を結ぶ大切な物語の手がかりですね。 まとめ「井上」姓は、“井戸の上=水の源”に由来し、人々の暮らしや土地と結びついた名字。福岡や西日本に多い一方で、そのル
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私のルーツ旅・第10話|ルーツの旅は、まだ終わらない

拓本に浮かび上がった家紋を目にしたとき、私は静かに息を呑みました。 白い和紙に滲んだ墨のかすれ。一見すると、ただの模様に見えるかもしれません。けれど、その一文字一文字が、確かに語りかけてくる。忘れられた先祖の声のように、静かに、深く。風化した墓石に刻まれた戒名の一文字。それが、過去帳の記録から「初代・長蔵」だとわかりました。さらに郷土史には、彼の本名が「銀蔵」であることも残されていました。——船大工だった男です。 戸籍には書かれていないその人生にたどり着くのは、想像以上に高い壁でした。けれど、菩提寺の住職のひとこと。そして、郷土史の片隅に残された短い記録。 それらが、空白だった時間を静かに埋めてくれました。耳を澄ませば、遠くで波の音が聴こえるようでした。舟を削る木槌の音が響く、墨縄の張られた造船小屋。湿った木の香りが立ちのぼる。──200年前の海辺の町に、私は確かに立っている。そう感じました。ーーーー本家に連絡を入れたときのこと。ーーーー 調査の進捗をお伝えすると、 電話の向こうで一瞬、沈黙が流れました。 「……そうですか、船大工……だったんですね」少し震えた声で、そうおっしゃいました。私の先々代が、なぜ桐タンス職人を始めたのか。その理由も、少し見えてきた気がします。 それに、母が話していた“親戚の誰かが一代で財を成した”という話。家族の誰も、その人物が誰なのか記憶が定かではありませんでした。昔話だと思っていたけれど—本当の話だったんですね。初めて知ることばかりで、私も驚きました。「……なんだか、自分でもご先祖のことをもっと知りたくなりました」「自分のことを、、、、少しずつ知り
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ルーツの文字クイズ・看板編

昔の文字や看板を見て「これなんて読むんだろう?」と感じたことはありませんか? 私自身、古文書を勉強していく中で、街中の「くずし字」に出会うたびに「形の面白さ」と「言葉のルーツ」にワクワクします。せっかくなので、その学びをクイズ形式にしてシェアしてみようと思いました。読めそうで読めない文字の世界を、一緒に楽しんでみませんか?今回は初めての試みです。もし「ちょっと面白いな」と感じていただけたら、お気に入りやフォローで応援してもらえると励みになります。それでは今日の問題です! Q:この文字、なんと読むでしょう? A. きそばB. なまそば C. おそば 駅でよく見ますよね。正解は…… A.きそば!「そば」の字母と呼ばれる元の文字は、「楚者‶」になります。「楚」は「そ」と読めますが、「者」が「は」とは驚きですね! ところで「生そば」って、実は2つの意味があるんです。生蕎麦(きそば) … そば粉100%で打った十割そばのこと 生そば(なまそば/きそば) … 茹でる前の生麺、打ち立て”を指すことも。 調べてみると、「そば=生蕎麦(きそば)」の意味で使われていましたが、時代が進むと二八蕎麦(小麦粉2:そば粉8)が主流になり、区別のために高級店が「生蕎麦」と名乗ったそうです。やがて幕末以降、区別は曖昧になり、現代では両者が混在して使われることが多いようです。「生そば」は店によってニュアンスが違うかもしれませんね。くずし字を追ってみると、「どこを残してどこを省くか」の工夫が見えてきてデザインとしても興味深いですね。(私はデザインの専門家ではありませんが)看板の文字を「形」として眺めると、意外な発
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私のルーツ旅・第9話|なぜ釜石だったのか?──郷土史が語る「航路」と「選択」

釜石に渡って財を成したのは、やはり長太郎だった──。 本家の口伝と商工年鑑の記録が一致したとき、思わず膝を打った。 しかし、どうしても腑に落ちないことが一つあった。なぜ、釜石だったのか?小田原から数百キロも離れた東北の港町。親類縁者もいないはずのその土地に、なぜ長太郎は人生を賭ける決断をしたのか。偶然だったのか。それとも、何かから逃れるようにたどり着いたのか。──その答えは、意外な場所に残されていた。あの郷土史に、「鷹羽丸」という船の名前が記されていた。それは、かつて船銀(銀蔵が興した船の造船所)が建造した遠洋漁業船の一つ。その船が寄港した港の記録の中に、見覚えのある地名があった。釜石──。他にも乙浜、塩釜、三崎などの港名が並んでいたが、釜石だけは妙に回数が多い。 まるで「拠点」として機能していたかのように。郷土史には、こう書かれていた。「当時の漁船は、色丹や択捉の沖合まで出漁していた。その中継地点が釜石であり、船乗りたちは皆、そこを基地のように利用していた。」 つまり釜石は、単なる通過点ではなかった。そこに行けば、誰かがいて、「言付け」さえすれば話が通じるほど、人の行き来があったという。長太郎が釜石に降り立ったのは、偶然ではなかったのかもしれない。すでに家の誰かが築いた「航路」に沿って進んだのだ。本家はこうも語っていた。 「長太郎は、村八分にされたんだよ」どこまでが事実かはわからない。しかし、当時の風習を調べていく中で、こんな話に辿り着いた。地元の船乗らないで出稼ぎに行った者は、「村に金を落とさず、外で稼ぎ、村の掟を破った」として疎まれることがあったという。 若者が村を出て、
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私のルーツの旅・第7話|宝永の墓とデジタルコレクション、守る者と拓く者、-生きた証しが私を動かす

お墓の拓本を採ろう── そう決めたのは、本家との会話がきっかけでした。 いよいよ当日。 現地に着くと、どんよりとした曇り空。 今にも雨が降り出しそうな空模様が、 どこか厳かな雰囲気を醸し出していました。 まずは、菩提寺のご住職にご挨拶へ。 拓本を取る許可もすでに本家から 得ていることをお伝えし、 ここまでの調査経緯も簡単にお伝えします。 お墓の場所は、光さん(母方の祖母)のお墓からわずか30メートルほど離れた位置にありました。お墓は全部で4基あり 右側のお墓の後ろに もう1基隠れています。 こちらのお墓は菩提寺の中でも 古くからあるお墓だとご住職からも 聞いていました。 墓石の文字は長年の風雨にさらされ風化し、苔がびっしりついていて殆ど読めませんでした。 拓本で字が読み取れるのでしょうか。 もし拓本を採れば、何かが分かるかもしれない。もしかしたら──この家の始まりが、 そこに浮かび上がってくるのではないか。 息を詰めるようにして、私は、拓本の紙をそっと墓石にあてました。 何が浮かび上がるか、 その期待からか少し手が震えていたかもしれません。 そこには、意外な文字が現れました。 「宝永三年」── 西暦でいえば1706年。今からおよそ300年前の元号でした。 曾祖父どころの話ではありませんでした。どうやらこの墓地には、 私の想像よりも遥か昔のご先祖が眠っていたらしい。 しかも、その墓石から読み取れたのは墓石の上半分で、ご住職によると、 もう半分は壊れてしまったとのことでした。 そして、別の墓石には「丸に立ち沢潟(おもだか)」の 家紋が浮かび上がっていました。 やはり「丸に立ち沢潟」
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私のルーツ旅・第3話|漁師?鋳物師?──地図に隠された「もうひとつの地図」

「確かに、ここに住んでいた」はずなのに── 名前が、ない。 ようやく見つけた先祖の本籍地。 期待を胸に旧土地台帳を取り寄せた── しかし、そこにご先祖の名前はなかったのです。 つまり、この本籍地は先祖が所有していた 土地ではなく、「賃貸」していた可能性が出てきました。 居ても立ってもいられず、 私は戸籍を片手にその場所へと向かいました。 ここが、先祖の暮らした場所なんだな。 その場所は、私の実家から さほど離れていないところでした。 先祖はどんな仕事をしていたのだろう? やはり漁師だったのだろうか。 そう思ったのには理由があります。 図書館で司書の方が教えてくれた言葉── 「この辺り(戸籍にあった本籍地) に住んでいるなら、8割は漁師だよ。」 確かに、海が近くにある場所でした。 漁師として暮らしていたと考えるのが自然に思えました。 ふと、道端に立つ道標が目に入りました。 「鍋町」と書かれており、何やら説明書きもあります。 この町の規模は、はっきりしないが、古新宿町と新宿町一部を含む小町だった。小田原北条氏時代から街には鍋などを作る鋳物師(いもじ)が多く住んでいたので、この名がついたと言われている。 昔から鍋物屋、鋳掛屋、釜屋、屋根屋等で賑わった職人の町であった。「ここは、鋳物師が住んでいた通りなのか……?」 城下町であれば、生活道具や武具の鋳造が 行われていたとしても不思議ではありません。 鋳物師か? それともやはり漁師か? この土地について、もっと深掘りしていけば 何かわかるかもしれない── 実は、もうひとつ 気になっていたことがありました。 それは 「本当にこの土地は賃貸だ
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私のルーツ旅・第2話|戸籍は6代先まで遡れた—しかし、肝心なことがわからない

「よし、まずは戸籍を取ってみよう」 そう思い立ったとき、私は迷わず「母方の祖母」 の家系を辿ることにしました。 というのも、30年以上前の祖母の 相続手続きで一度戸籍を 取得したことがあり、 その資料が自宅のどこかに 残っているはずだったのです。 祖母の実家も、私の実家と同じ町内にあり、 現地調査もしやすい。 まったくのゼロから始めるよりは、スタートとして手頃だと感じました。 それに——亡くなってからもう 30年以上経つ祖母のことを、 あらためて思い出してみたい という気持ちも、 心のどこかにありました。 突然亡くなった祖母、いつも忙しそうにしていた あの人は、どんな家に生まれ、 どんな時代を生きてきたのだろう。 その答えに少しでも近づけるなら、きっとこの旅は意味のあるものになる。 そう思えたのです。ルーツの旅は、身近な一歩から始まる通常「家系図」といえば、 父方の直系を辿っていくもの—— そんなイメージを持つ方も 多いかもしれません。 けれど、実際には、母方を辿ってもいいし、 養子縁組が多かった時代には 「血筋」より「家の継承」を 追うのも自然なこと。 「家」よりも「物語」に惹かれるなら、心が動くほうから始める。 それが、「ルーツの旅の正しい歩き方」なのかもしれません。 私は押し入れの奥から、戸籍の束を取り出しました。 相続のために集めた戸籍は、祖母からさらに上の代まで記されており、 それはちょうど“旅の地図” のようにも思えました。 そして不足している部分を補うため、再び役所に請求書を送りました。 自分で書いておきながら、 いざルーツの旅に出ると、 なんだかワクワクしてきま
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私のルーツ旅・第1話|たった一行の戸籍が300年の旅の始まり

「どうして、 戸籍なんて事務的な紙切れから、 旅が始まるんですか?」 そう聞かれたら、 私は少し笑って、 こう答えることに しています。 自分でも、 最初はそう思っていましたよ …と。 自分のルーツを知る旅が、 こんなにも心を動かされるものになるとは—— 正直、思ってもいませんでした。 私は長年、 行政書士として 相続や終活の支援をしてきました。 遺言、成年後見、 エンディングノート。 いわば“人生の終わり方” を扱う仕事です。 そんな日々の中で、 ある疑問が、 ずっと心の奥に残っていました。 本当に、 これで いいのだろうか? 財産の分け方、 手続きの整備。 それも大切な備えです。 でも、もっと根本的な 「問い」があるように 思えたのです。 それは、 「想い」をどう託すか。 相続を“争続”にしないためにも 大切な視点です。 けれど、言うは易し。 その「本当の想い」を 言語化する必要がある訳ですから 実際にはとても難しい。 ある日、 一通の戸籍を見ながら 語ってくれた方がいました。 「父はね、 若いころ村を飛び出して、 東京で働きはじめたんですよ。 でも…… 最後は、 故郷に戻ってきたんです。 この住所、 ああ、ここが…… 父の帰ってきた 場所なんですね。 ……もっと、 父と話しておけば よかったなあ。 父なら、 今の状況をどう思うんだろう 静かなひと言でした。 けれど、その瞬間、 私ははっきりと気づいたのです。 想いを知る手がかりは、 “未来”ではなく、 “過去”にあるのではないかと。 「そもそも、自分は、 どこから来て、 どこへつながっていくのか?」 その問いに向き合えたな
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