ラベリングの『安心感』と『違和感』のお話。
こんにちは、ゆさこです(ˊᗜˋ*)今回は、ラベリングでの『安心感』と『違和感』のお話。ラベリングとは…人や物事に名前やカテゴリーをつけて、わかりやすく分類すること。心理学や日常会話でも使われる言葉で、「私は○○タイプ」「この人はこういう人」と特徴や傾向に名前をつけて、理解しやすくする時などに使われます。自分を整理したり、共通点を見つけやすくなる一方で、言葉に当てはめすぎることで、見方や可能性が狭くなることもあると言われています。『HSP』『愛着障害』『アダルトチルドレン』『毒親』など、最近、こういった言葉を、目にすることも多くなりましたね。「そのままの自分でいい」「ありのままでいい」そう言われることも増えましたが、そのままの自分って何?どの状態がありのまま?って感じる人も。なので、ラベリングすることで、「私はこういう傾向があるのか」「だから苦しかったのか…」「私だけじゃなかったんだ!」と、困りごとの原因や理由がわかり、安心に繋がる人もいますよね。人って、自分のことを理解したい自分のことをわかってほしい、どこかに居場所がほしい生き物。だから、『私はこういうタイプ』と、何かに当てはめたり、所属することで「ここならわかってもらえる!」と、感じるのかもしれません。ただ、一方で、『自分は何タイプなんだろう?』『どこに当てはまるんだろう?』『自分は〇〇だから、こうなの!』と、自ら自分を分類しにいったり、何かの型にはまろうとする人も、増えているような気がします。もちろん、困りごとや生きづらさがある時に、特徴や傾向を知ることは、自分や相手への理解を深めたり、支援に繋がる手助けにもなります。でも
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