落ちると上がる
こんな風に書きたいな~が今は湧いてきますが、自分もそれを表現することで自身を知ることに繋がっています。昔は「役にたたなきゃ」と力む自分がいましたが今はいないのですよね・・・この可愛いなあと感じる鳥のように私たちも”頑張らなきゃ”な自分がいなくても(いや・・・居ない方がいいといっていいかな)そのままの本来のエネルギーを遮らず出してあげれる循環できるのです(^_-)-☆昨日書いた記事を読み返してふと湧いてきたのが落ちると上がるには良い悪いは無いということ。どうしても私たちは生きてきた”世間”の見方という色眼鏡かけていますので落ちるは悪いこと、上がるは良いことと反射的に捉えちゃってることが多いんじゃないかなと思います。ただ”落ちる” ただ”上がる”そこになんの解釈もつけず見るということが”あるがまま”ということ。昨日の落ちるは、世間や物質的な見方の3次元的な領域。上がるは魂意識、神意識といわれるような純粋な意識の領域へ向かうという感じです。恋すると、相手を自分の所有物にしたい、自分のものにしたい私だけを見てほしい、そんな執着やコントロールの制限の中に陥ってしまいますよね。形に縛られる関係性。それは悪いことではないですよ。ただの”体験”です。愛は上げるは、その3次元の領域から解放され意識が広がり視点も高くなっていくということの中での育みです。また視点のお話ものちに書こうと思いますが、視点が変化してくると人としての視点、分離した視点から見えるもの全てが私だと広がる視点へと変化していきます。ですから、愛する人の見えるものも全て私なんだなと大切に感じるようになるのです。不思議なんですけど・・
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