絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

厄介な人との向き合い方――職場での嫉妬や妬みにどう対応する?

こんにちは!マルです。職場や日常で出会う「ちょっと厄介な人」についてお話しします。仕事をしていると、なぜか理不尽に絡まれたり、嫉妬や妬みをぶつけられることってありますよね。そんな時にどう対応するのがいいのか、私の体験談を交えて考えてみたいと思います。特別扱いだと思われている?以前、職場で年下の女性からこんなことを言われました:「なんで●●さんだけ社長から特別扱いなんですか?」私は特別扱いされているつもりはなく、ただ勤めていた歴が長いので名前を呼び捨てにされているだけでした。それに対して特に感情もなく、「そういうものだ」と捉えていました。ただ、この質問をされたときにふと思ったのは、その女性を含む他の女性陣が「面倒なことを避けている」ということでした。大変な部分には関与せず、良いところだけを取りたい姿勢が見えたのです。そういうスタンスでいる限り、伸び悩むのも仕方がないのかなと思ったのです。妬みを買う女性営業の話この話を、当時同じ年齢で関連会社に勤めていた営業の女性にしたことがあります。彼女は32歳にして年間1億円以上の売上を上げていた実力派営業でした。しかし、彼女もまた「嫉妬や妬み」を受けることが多かったそうです。特に彼女を妬むのは、40~50代の男性営業陣。彼らは彼女の成功を素直に認めるどころか、「どうせコネだろう」「上に気に入られているだけだ」などと軽視するような態度をとることがあったそうです。彼女の反応はシンプルでした:「だったら自分も同じように売り上げてみろって感じ。でも、正直そんな人たちに構うのが面倒だから相手にしない。」この言葉にはハッとさせられました。嫉妬や妬みに反応
0
カバー画像

「あの頃(昭和)のデパート!💜」🎾🚴‍♀️⚔️🏓⛳🏊😎😍

💎デパートの前身!日本というデパートは、ベースボールに対する野球などと同じく世界的には特殊であるらしい。食料品を扱う事がそもそも日本的なのだ。欧米では、食品は、専門店で扱う事になっている。日本では、進物だけはデパートで買うという人は、今だに多くその主流がスイーツを含む食品であれば、最後まで生き残るのも地下の食品売り場だと思います。欧米を手本としたデパートメントストアは、日本独自のデパートに変貌しました。では今日の老舗百貨店の前身と言われる呉服店とはどんな商売だったのでしょう?呉服屋とは、裕福な人に反物を売る店で、品ぞろえも店内の様子も庶民には、まったくわかりません。今では当たり前の、現金売りの商習慣もなく、正札もなく、商人と客の信用と駆け引きで値が決まるというものです。三井呉服店は、慣例だった掛値や売掛による商売をあらため、正札現金取引限定して栄えた店です。さらに、1900年(明治33)いち早く陳列販売を始めます。それまでは、お客の求めがあってから、初めて品物を奥から出してくるというふうだったから「見るだけ」も「ふり」(通りすがり)もあり得なかったのです。ちなみに、三井呉服店は、この陳列販売を始めるのにあわせて、一ツ橋女子職業学校を卒業した女子3名を採用しています。これが女子店員の始まりだったのです。三年後1903年の募集時には、申し込みが殺到してそのうち20人を採用しているのです。近代デパートは、19世紀半ば、パリの婦人洋裁店(ボン・マルシェ)の店主であったブシコーとその夫人によって発明されたものです。それまでの地域に密着した個人商店を、不特定多数の浮動客が集まる百貨店という
0
2 件中 1 - 2