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円錐の3つの影、みんなわかる? それぞれが真実であり、本質は1つ

イドラとは、フランシス・ベーコンが提唱した「人間がおちいってしまう先入観や思い込みの原因」である。ttps://uteimatsu.com/idola/俺は「エゴの色眼鏡」、「メディアの洗脳」とか呼んでる。円錐はとんがりコーンを思い出して欲しい俺は王道の焼きトウモロコシが好き!5本の指にはめて、パクパク食べるのは今でも大好きである。で、この円錐に強い光を当てて、奥の壁に「影」を作るなら、どのようなパターンがあるだろうか?①三角形 = 真横の影②円 = 真上からの影③扇形 = 斜め上からの影ttps://twitter.com/nya_602/status/1703184864705749485それぞれが視点=人によって真実があるが、本質は「1つ」である。本質に対して、人間、生物というフィルター、色眼鏡がかかることで「これは四角」「これは丸」という正しい解釈ができて、対立する。それは議論で対立するものではなく、お互いが正しく本質が何か? を探求するのが学問と議論である。この「本質」と「影」でいうなら、各宗教にある「神の存在」と「愛の解釈」が近い。全知全能だったり、人々を救う権力者だったり、何でも知っているけど放置しているおじいさんだったり。解釈は違えど、時代や地域が違うにもかかわらず「1つの本質から生まれた影」という見方をすれば、納得がいくことが多い。今世界がやっているのは、視点=光の当てかた=人種や地域の洗脳による見え方の違いで戦争が起きていることだ。大切なことは、どちらも正しく、本質から生まれた影であることを自認する事。そして、争わずに本質を探究し合える関係を築くことである。
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多次元の解釈は、言葉の媒体では伝わらない説。直接経験することでしか得られないと思う。

自分はアマテラスとかカタカムナは近いと思うが霊性の仕組みと一致しているとは思っていない。例えるなら、とんがりコーン(三角錐)に光を当ててできた影が、宗教や聖書の解釈になる感じ。真上から光を当てて、円の影ならキリスト教、真横から当てて三角形の影なら仏教、斜め上から当てるとピザの切れ端のような扇形がイスラム教みたいな。で、それぞれの宗教や経典は、キリストやブッダ、クリシュナ等の神格化された人のでんぷんが多い。本人が直接書いたのではなく伝聞であり、その過程で「組織や地域の利益」のために改編されている場合が多い。キリスト教なら、丸の影(キリストの心)から、歪んだ丸っぽい影、が今の聖書になる。神は「歪んだ丸だ」と教徒が信じても、仏教視点では直感三角影であり一致しない。 ※三角形から直角三角形に解釈が変わって伝聞した神の本質は「円錐」だ。でもすべての宗教、電文は2次元の陰であり、今生きる人にこの円錐を理解してもらうのは無理である。いやいや、円錐は小学生でもわかるでしょ!これは例えであって、霊界の多次元(円錐)を、一般の人が理解できるのは3次元(影)だけって話。カッコは人間が認識できる3次元から、2次元に落とした感じ。影しか知りえないゲーム中の2次元住人には、円錐は理解できないのと同じ。俺も神や霊界の本質について完全に理解しているわけではない。ただ次元が違って、一般人には理解できない領域で、それを理解するには「同じ次元」の経験をしないと無理、ということ。具体的には死の淵に触れること。極限状態、薬による昏睡状態、事故などの臨死状態、死の病に絶望して回復した奇跡などなど。今のYoutubeや本で
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