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助けたいその優しい気持ち、ちょっと待った❗

お話を聴いていると、 悩んで本当に苦しそうな方を見ると なんとか楽になってほしい。 聴き手のその思いが強くなりすぎ、 話し手さんの話したいところでない方へ 話を方向付けてしまうことがあります💦 私もこのワナに何度もはまっています… 2月の平日の夜に 「心を育てる話の聴き方  オンライン勉強会」を開催しました ファシリテーターを含め 7名で実施しました。 ご参加くださった皆さん、 本当にありがとうございました   話し手1人、聴き手3人、見学1人 の「リレー式」で練習しました。 今回、上記の話し手の苦しさをしっかり 受けとめ、話し手さんは自分で成長する力 があると信じることがテーマとなりました。 話し手さんがご自分の特性を否定して 苦しそうだとつい、聴き手は 「そんなことないよ、大丈夫だよ」 「なんとかしてあげたい」 この勉強会に参加して下さっている方々は 人の支援をしたいと思っていらっしゃる 優しい方々が多いので、そんな聴き手の思い が強くなりすぎてしまうことがあります🤔 これだと話し手の方が自分の特性について、 客観的に見つめることができません。 私はこのワナにはまらないようにするのに、 冒頭でもお話しした🌳 『人はみな成長したいという力がある』と いうことを信じて、話し手さんが「お話をする ことで自ら気づく」を支えることをしています 自分の悪いと思うところは、感じきって 手放し、悪いところばかりではなく、 長年、自分を守ってきてくれていることでも あるので、そこはそのままに🌈 聴き手に話すことでそんなことを客観的に 整理していけると見えてくるものが・・・✨ 勉強会では
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共依存型の愛着関係

今日は、私が2010年9月29日に書いたブログ記事を読み返し、いま読んでも大丈夫なように少し手直ししてお伝えしたい。 なぜなら、この「共依存」の問題は、日本社会で無視できないものだから。人は生存の恐れを、注目化と近接化を得る愛着行動でコントロールする本能を持っている。しかしケア提供者であるべき養育者が情緒不安定なとき、本来ケア受給者であるべき子どもが愛着を得るために養育者の情緒的ケア提供者になることを余儀なくされる。その結果、成人してからも新たな家族や職場の情緒不安定な人を見出し、「依存させる、依存する」というかつての親子関係を置き換えた共依存型愛着関係を無自覚に得ようとする。 これは、私の恩師・宗像恒次の言葉である。 私が「ゆう星☆心と身体の談話室」をインターネット上に開設したのは2001年2月3日。いまから10年ほど(2023年9月からは22年半)前のことだ。 その頃の私は、ITを使った予防医療や保健指導支援事業がやりたくてたまらず、なのに自分の思いを十分に実現できていないというフラストレーションの中にいた。 自分がかつて酷い自律神経症状に悩み、それが心の問題と密接に関係しているんだということも伝えたい。夜な夜なネットを彷徨う中で、多くの悩める人の相談に乗っている熱心な人と出会い、「私のような者が、同じようにネットで振る舞うことは傲慢か?」と訊ね、「なぜそのように思う?やりたいならやればいい。」と言われたことがきっかけだったと記憶する。 人助けをするのに傲慢?…私の中に、違和感があったのだ。でもそれが何なのかが解らないまま、私はウェブサイトを開設し、私専用の掲示板を設置、寝
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技法に命を吹き込むのは、あなたの「心」

今日、電車のホームで 「同じ言葉なのに、全く違う二つの声」 に出会いました❗❗ どちらの駅員さんも、アナウンスの内容は同じ。 「電車から離れてください」 でも、私に届いた響きは、正反対😲 一人は、イライラをぶつけるような鋭い口調💢 「正論」だけど、聞いているこちらの心まで ザラついて、不快な気持ちになりました😔 お仕事で大変なのは分りますが。。。 もう一人は、乗客の身を案じるような、 温かく優しい口調🤗 その場に、ふんわりと安心感が広がるのを 感じて、優しい気持ちになりました🌈 「伝え返し(繰り返し)」は、何を返すか より「どう」返すか傾聴の講座で、 受講生さんから必ず聞かれる質問があります。 「伝え返しって、相手の言葉の  どこを返せばいいんですか?」 私は3つのポイントをお伝えしていますが、 実はそれ以上に、大切なことがあります✨ それは、 『相手と同じ気持ちを込めて返すこと』💖 今回の駅員さんの例が教えてくれるように、 言葉という「器」が同じでも、 そこに注ぐ「気持ち」が違えば、 相手に届く中身は別物になります🤔 技法は「心」を運ぶための乗り物🚃 もし、あなたが完璧なポイントで 伝え返しをしたとしても、 そこに話し手さんと同じ温度の気持ちが 乗っていなければ、相手には響きません💡 それどころか、「ただ繰り返されているだけ」 「分析されている」と感じさせ、相手を 不快にさせてしまうことすらあるのです🤔 「悲しいんですね」という一言を、 「分析」として言うのか、それとも、 その人の「悲しみ」に 隣でそっと触れながら言うのか。 「どこを返すか」という迷いが出たときこそ
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