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180.顔写真や名前をさらす…「ネットリンチ」をした場合の法的責任は?

顔写真や名前をさらす…「ネットリンチ」をした場合の法的責任は? 弁護士が解説 「備え付けのしょうゆボトルや湯飲みをなめる」など、飲食店の客による迷惑行為を撮影した動画が相次いでネット上に拡散し、問題となっています。 そんな中、SNS上では、加害者の顔写真や名前などの個人情報をさらす行為が横行しているようです。  主に不祥事を起こした個人や団体に対する、ネット上でのこうした攻撃的な行為は、「ネットリンチ」と呼ばれていますが、この場合、どのような法的責任を問われるのでしょうか。 芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。 50万円以下の罰金などの可能性 Q.主に不祥事を起こした人の個人情報をネット上でさらすなど、いわゆる「ネットリンチ」に該当するような行為をした場合、どのような法的責任を問われる可能性があるのでしょうか。 牧野さん「ネット上で個人情報をさらす際に、公然とその人の名誉を毀損(きそん)する内容(社会的地位を低下させる内容)のコメントを書き込んだ場合は名誉毀損罪(3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金)、その人の人格を蔑視するコメントを書き込んだ場合、侮辱罪(1年以下の懲役もしくは禁錮もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)がそれぞれ成立する可能性があります。 いずれのケースでも、個人情報をさらされた個人に精神的損害(慰謝料)が発生した場合、民法709条の不法行為に該当し、加害者側には発生した損害を賠償する責任が生じる可能性があります。 また、ネットリンチにより個人事業主や勤務先が業務妨害を受けた場合、個人や勤務先に対する偽計業務妨害罪(3年以下
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(303日目)集団化ってコワい。

私は蒸れません。・・・。あ、違った。正しくは私は群れません。けして友達が少ないという意味ではない。と思い込みたい今日この頃。さておきタイトルにある通り、人間って集団化すると本性が見えると言いますかボロが出るって感じです。一人きりだと大人しい、一見マトモに見える人でもグループとなると途端に威勢がよくなったり普段とは全く異なる性格を表すことがあります。なぁぜなぁぜ?「赤信号、みんなで渡れば怖くない」そんな言葉があるように、集団化した途端に気が大きくなったり社会的ルールを逸脱しても「大丈夫」と思ったり。不思議に思いません?集団となることのメリットも当然あります。不安感を軽くしたり、恐怖を和らげる効果もあるでしょう。一人で肝試し行くよりも数人で行くと心強い、あの感じです。しかしネガティブな視点で見てみるとコミュニティから疎外したり、イジメを引き起こしたりするんです。集団リンチなんかいい例です。ひとりぼっちだとそこまでしないよな、ってことでも集団になると歯止めが利かなくなって人を殺してしまう。ネットイジメにおいても同じです。グループの一人が先陣切ってイジメだすとそれ待ってましたと言わんばかりに周りのメンバーも同調して同じ行為を行うんです。普段であれば眉をひそめてしまうような行動も、そのグループに属して行動に加担しているときはまったく自分の行為に気づかないんだから。そう考えると、普段善良に見える人たちも「社会的道徳」を守るために自分自身を抑圧しているんだろうと思います。だから、そのタガがいったん外れてしまうとそのストレスを解消するかのようにあり得ないほど凶悪な一面を見せるんだと思います。だ
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誰かにとっての「正しさ」が、時に誰かを傷つける

こんにちは、占い師、そしてココナラコンサルタントとして活動している、みおりです。今ある社会情勢を見逃しちゃいけないんじゃないか?と思ったことが直近で起こりました。先日観たミュージカル映画『ウィキッド』から感じたことを、少し言葉にしてみたいと思います。これは声をあげられない方々へ、私なりの"エール"として綴ります。◆『ウィキッド』という作品をご存じですか?それはオズの魔法使いの“裏側”を描いた、善と悪の価値観を揺さぶるストーリーから良いきっかけを頂きました。このお話で特に心を動かされたのは、主人公・エルファバの姿です。彼女は、生まれ持った外見や力ゆえに誤解され、疎外されながらも、「自分の信じること」を貫いて生きようとします。そして彼女の中で何よりも魅力的に映し出されていたのが、『正義感』です。彼女が劇中で歌う有名なナンバー「Defying Gravity(重力に逆らって)」がその正義を貫く姿勢を堂々と証明されているかのようで圧巻でした。社会の枠や周囲の目に抗いながら、自分の信念を貫く姿が圧巻のパフォーマンスで描かれます。このシーン、本当に鳥肌が立ちました。◆その「正しさ」とは、誰にとって正しいのか?私たちは、小さい頃から「正しいことをしなさい」と教えられてきました。でもその「正しいこと」って、誰が決めたのでしょうか?学校、家庭、職場、そしてSNS——どこにいても「これが普通だよね」「これはおかしいよね」と、まるで共通認識のように押し付けられる“正しさ”がある。けれども、それが本当に「正しい」かどうかって、じつはとても曖昧です。たとえば誰かにとっての優しさが、別の人にとっては押しつ
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