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死と向き合うことⅡ

こんにちは心理カウンセラーのなぎです。重いテーマですが、前回に引き続きお話をしたいと思います。死とは誰にでも必ずやって来るものです。子ども、学生、社会に慣れてきた20代、働き盛りの30から50代、そしてこれから第二の人生を迎える60代以上…。どの年代の人でも死に直面する事があります。病気や事故そして自死。例え病気で余命が分かっていたとしても、残された家族は辛いものです。事故などでさっきまで話していた人が、亡くなる…これほど辛くショックことはないです。「もっと話を聞けばよかった」「もっとこうすればよかった」「もっとしてあげる事があったのではないか」と後悔と罪悪感を感じることがあります。大切な人を亡くした人ほど、悲しみが深く心のケアが必要になってきます。残された人たちの心のケアすることをグリーフケアと言います。悲しみは我慢せず、思いっきり泣くことも必要です。悲しみが深すぎると心が麻痺して悲しいことさえ感じなくなります。そういう時は、無理はせずゆっくりと自分の心を取り戻してください。
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お坊さんでも、大切な人の死は悲しい

父が亡くなった時、私は最期に会うことができませんでした。訃報を知らされたのは、父が息を引き取ってからしばらく経った後のことでした。慌てて駆けつけましたが、父はすでに葬儀場へ向かうところで、その姿を見ることは叶いませんでした。後から聞いた話では、日付が変わる頃に容態が急変し、家族は病院へ駆けつけ、午前1時頃に亡くなったそうです。そして私に連絡があったのは、その更に後でした。なぜその時に連絡をくれなかったのか。なぜ私だけ父の最期の場にいなかったのか。母や兄への複雑な思いが湧き上がり、自分の生い立ちまで恨めしく感じました。けれど、それ以上に大きかったのは父への後悔でした。もっと話したかった。もっと会いたかった。もっと親子として過ごしたかった。何かしてあげたかった。そして、自分でも意外だったのは「甘えたかった」という気持ちでした。私はこれまで、一人で子どもを育て、仕事をし、何とか生きてきました。誰かに頼るより、自分で何とかすることばかり考えてきたように思います。それでも心のどこかでは、父に甘えたかったのです。認めてもらいたかったのかもしれません。話を聞いてほしかったのかもしれません。その機会が永遠になくなってしまったのだと思うと、悲しみがあふれました。娘や息子に気付かれないよう、シャワーを最大限に出して声を隠しながら泣きました。ただただ泣きましたお坊さんをしていると、「死を受け入れられるのでしょう」「悲しみを乗り越えられるのでしょう」と言われることがあります。それが故に心無い対応をされることもあります。(これは、そのうちに書きます)確かに、人は必ず死を迎えることを知っています。父が亡く
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父からの愛――亡き父とのつながりが教えてくれたこと

こんにちは、マルです。亡くなった父とのつながりについてお話ししたいと思います。これは私の人生の中で大きな意味を持つ出来事であり、今でもその愛情に支えられていると感じています。突然の別れ父が亡くなったのは突然のことでした。ある日、私はたった一人の遺族として現場検証に立ち会うことになりました。その瞬間の感情は言葉にするのが難しいですが、ただショックと戸惑いの中にいました。後になって考えると、父が亡くなったその時刻、職場である出来事が起きていました。それが父からの「合図」だったのではないかと、今では思えるようになりました。あの出来事は、何か特別な意味を持っていたのかもしれません。複雑な親族問題と一人での対応父が亡くなった後、親族の問題が複雑に絡み合い、心が休まることはありませんでした。20代でこのような経験をすることは私にとって大きな挑戦であり、周りに似た経験を持つ人もいなかったため、頼れる大人や信頼できる人もいない状況でした。そんな中で弁護士の先生に依頼し、一つひとつ問題を処理していきました。また、父の友人たちに支えを求めながら手探りで進む日々でしたが、中にはスパイのように不仲な遺族に情報を流している人もいました。2回目のやり取りでその意図に気づき、それ以降、その方とは一切連絡を絶ちました。父からのメッセージ混乱と動揺の日々の中で、私は父からのメッセージを受け取ろうと心を静めようと努めました。そして、ある日、父からの温かい愛に満ちたメッセージを受け取ることができたのです。その内容は、私の心をじんわりと温め、支えてくれるものでした。それ以来、困ったことがあると、父の遺骨に話しかけるよ
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