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小さなやさしさから生まれる、善意の循環

運転をしていると、他の車に道を譲ってもらうことがあります。 スーパーでも、買い物の数が少ないとレジで順番を譲ってもらうことも。 見ず知らずの人が、当たり前のようにそうしてくれる。それって、本当にすごいことだと思うんです。そういう方々に共通しているのは、どこか“心に余裕”があるように見えること。 優しさって、余裕のあるところから生まれるものなのかもしれません。 私自身、知らない方によくしてもらうことが多くて、そのたびに思うんです。「次は私が誰かに」って。直接その人に返すのが「恩返し」。別の誰かに優しさを渡すのが「恩送り」。どちらも素敵な善意の循環ですよね。そういえば、以前こんなことがありました。 私が運転中に、ある車に道を譲ったのですが、相手の方はお礼をしませんでした。その瞬間、「えっ?!」と少し驚いた自分がいたんです。つまり、私はどこかで「お礼が返ってくる」と、見返りを期待していたんですね(笑)。そんな自分に気づいたとき、なんだかおかしくて笑ってしまいました。 それ以来、相手の反応には、いい意味で期待しなくなりました。 譲るという行動は、自分の中から自然に出たもの。それをどう受け取るかは、相手の自由なんですよね。今日もどこかで、誰かが誰かに優しさを渡している。そう思うと、心があたたかくなって、世界が少し明るく見える気がします☘️
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回復呪文♡

こんにちは♪ご覧くださりありがとうございます♪「良かれと思って…」という言葉が、本当に良く働く場合と、そうでない場合がありますよね。いわゆる、余計なお世話なのか、支配欲を善意の皮で包んでいるのか…善意の奥に見つけてしまった、善意ではないものに触れてしまった時、私は、びっくりしてしまうし、悲しいなぁと感じます。善意ではないものが禍々しいものであったなら、びっくりしすぎてダメージになることもありますよね。そんな時は、ちゃんと安全なところで、(物質的な安全な場所も心が安全な場所も両方ね。)回復するのが大事♡回復したらまた現実世界で、しっかりした意識の光の中で言葉をつかっていける。大丈夫♡お読みくださりありがとう♪最後に、レヴィナスの言葉を。「困難な自由」より抜粋します。『あたかも行動するのは自分だけであるかのように振る舞い、残りの世界はその行為を受容するためだけにそこにあるように行為すること、そのような行為の全てが暴力的である。』
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「どうぞ」のループ②

湿気が減って天パのうねりが良い塩梅になってきました。そんなトコで季節の移ろいを敏感に感じています。初めまして&今日は。晴道(はるみち)と申します。今回めっちゃ嬉しいことがあったのでそんな内容の記事です。前回のブログをアップした後に(前回のんコチラ⬇️)「いい話だと思ったので紹介させていただいてもいいですか?」とフォローさせて頂いている方からDMを頂きました✨「ん(°▽°)?  どゆこと?」と事態がイマイチ飲み込めてへんかったのですが調子外れなPCみたいに💻🌀ローディングに時間かけつつ喜びが湧き上がってきたわけです(遅)反応したくて好きなブログにフラフラ〜っとメッセージを送る事はよくあるんですが、ダイレクトにメッセージをもらう側になったのは初めてだったので本当に嬉しかったです(´∀`)紹介頂いたむつろうさんのブログがコチラです⬇️⬇️なんか、めっちゃええ事ゆうてはる( ;∀;)・・・「誰かの優しさや、善意や感謝がループすると世界はもちょっと優しくなるんとちゃう?」という気持ちを別の方が共感してくれて、それをまたその方の感性や言葉で文章にして紡いでくれてるそんなループの形もあったりして、、、なんかええやん。そういうのん。とか思ったわけです。皆さんの毎日の中にもたくさんの「どうぞ」があるとええなぁとか思うわけです。
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コンビニ24時パート7 勘違いされがちなコンビニの仕事

コンビニって、「とりあえず行けば何とかなる場所」そんなイメージ、ありませんか?24時間開いていて、飲み物も食べ物もあって、支払いもできて、コピーもできる。確かに便利です。かなり便利。でもその便利さが、いつの間にか「何でもやってくれる場所」という勘違いに変わっている場面を、現場ではよく見かけます。今日は、そんな “コンビニは何でも屋ではない”という話を、実際に働いていて感じたことを交えて書いてみます。今は、タクシーもアプリで簡単に呼べる時代です。それでも、コンビニで働いていると、こんなお願いをされることがあります。「タクシー呼んで」「美味しい店教えて」「このイベント会場ってどう行ったらいい?」「ネット決済の支払い方がわからない」「コンビニ支払いできないんだけど」「このチラシ、貼らせて」「ここに置かせて」中には、「両替して」という方もいます。はっきり言います。コンビニは何でも屋ではありません。タクシーは自分で呼べます。店やイベント会場も自分で調べられます。ネット決済や支払い方法についても、説明は文章で書いてありますし、分からなければ問い合わせ先があります。それでも「やってくれないの?」「分からないの?」と、舌打ちや悪態をつかれることもあります。両替についても同じです。コンビニの両替は無料サービスではありません。釣銭は無限にあるわけではなく、コンビニは銀行に両替手数料を支払ってお金を用意しています。善意で対応しているだけで、業務として義務づけられているものではありません。広告ポスターやチラシの掲示についても、地域のクラブ活動や行方不明者の情報などであれば理解できます。しかし、企業や個
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募金

18歳の頃、大きな遊園地で『あしなが募金』の活動を行っていました不純な動機で、好意を寄せていたお姉さんから協力して欲しいと連絡があり、喜んで参加した。通り行く方々に、大きな声を出して「あしなが募金にご協力お願いします」「育英募金にご協力お願いします」多くの方々が、募金をしてくださりました。声を張り上げていると目の前に、喪服を着た人が通りかかったので、一旦、募金の声掛けを辞め、喪服の人が通り過ぎるのをまった喪服の人は、私の前で止まり笑顔をつくり「頑張ってください」と募金をしてくださいました。最初は、不純な動機で開始した募金活動でしたが、自分と関係ない子どもの未来に対して募金してくださる方々が多くて、凄く感動し、どんどん声が大きくなっていました。夕方、募金活動が終わったので感動しながら帰宅しました後日、私が持っていた募金箱がダントツで多い金額を募金してくださっていたことが分かり更に感動したのを覚えています。見返りを求めることなく、赤の他人の将来へ協力してくださる方々が多きことに感動して、その日を境に数多くのボランティア活動に参加するようになりました。色んな団体で活動する中で、<?>と思う団体も多く大人の世界を垣間見黒い階段を数歩登った様でした。
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自習室、始めました〜🎵 (家庭教師なのに、、、)

共働きのご両親が1番困っていることは、 『子供が1人で勉強できない』 ということです。 それならば 合格させるために一肌脱ぎます! 助け合いましょう! 協力し合いましょう! と思い、 仕事部屋の隣に自習室を作りました。 最初は会社(教室)で授業をする子だけが、 授業の前後に自習をしていました。 しかし、 噂を聞きつけて だんだんと自習の生徒が増えてきました。 多い時は 5、6人自習するようになりました。 ほとんどのご両親は こちらの負担をご理解いただいて、 協力してくれるので良いのですが、、、 『協力し合う』 『助け合う』というそもそもの趣旨を 勘違いされている方もいまして、、、 悩みます、、、 『今日パパとママはどこに行った?』『パパはジムで、ママはネイルだよ‼️』 『今日は授業無いけど、ママは仕事なの?』 『うちで寝てるよ‼』 個人の自由なので構わないのですが、 何となくですが、、、 子供がかわいそうな、、、 気がしてしまいます、、、。  子供は健気に勉強してるのに、、、 『先生!水ちょうだい!』 『先生!お腹すいた!』 『先生!アイス食べたい!』 『先生!ノート忘れました、、、』 『先生!シャーペンある?』 (うちはコンビニじゃないんだ!) 『先生!蜘蛛殺して‼️』 (命は大切に、、、) 『お弁当を忘れて行ったので、 何か食べさせておいてもらえますか? Uberを行かせた方がいいですか?』 (そういう問題ではなく、、、) 設備費も管理費もいただかずに 善意でやっているのにな、、、、 と少し寂しくもなります。 今年は電気代、凄そうだな、、、 やっぱり親の礼節って大事だな、、
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善意の存在

今、ここで、世界が誰よりも命を優しく思って働きかけていると認識すれば、 そのような時間軸と世界線が生まれる。 自らが持つ主観で世界の働きかけを捻じ曲げれば、 命が本来受け取れるはずの相応しい豊かさが現れない歪みが生じる。 視野に入ってくる現象の背景に込められているものには、 人間の感性や頭脳では理解が及ばないほどの深遠な意図が存在する。 発生した出来事がどんな内容であったとしても、 人間の想像を遥かに超える命に対しての善意をどこまで信じられるか。もし手に余るようなアクシデントがその善意を信じた先で起きたとしても、 調和が取れる方向へ展開するようなフォローを確実に入れてくれる。 こういうことが起こったら嫌な感覚になるというイメージや懸念などの、 動くことを止めている要素の影響に従属してはいけない。 深遠な意図の正体を現段階では認識することはできなくても、 その善意の存在を信じ続けることはできる。 たとえ来週、再来週に自分を取り巻く環境のほとんどが 一新するようなことに繋がる選択だとしても、 その先の輝きと優しさを見届けたい。
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パターナリズムについてのお話

「パターナリズム」という言葉を聞いたことはありますか?「相手のために」という思いから、本人の意向にかかわらず、相手の利益のために生活や行動に干渉し、制限を加えるべきだとする考え方です。これは相手の幸せやリスク回避を思う気持ちの表れなのですが、その「ために」が、本人の意向や選択を置き去りにしまうことがあります。  そのような関わり方を「パターナリズム(父権主義)」と呼びます。  善意から生まれる介入例えば「転倒の危険があるから、車椅子を使用しましょう」  「食事が摂りにくいなら、柔らかくしましょう」  これらはすべて、善意から生まれた言葉です。  しかし、その善意が本人の自由や尊厳を制限してしまうこともあります。  福祉施設では、職員と利用者の関係が対等であっても、実際には「支援する側」と「される側」という関係の差が生まれてしまいます。  その中で「こうした方がいい」という判断が、いつの間にか本人の意思を置き去りにしてしまうことがあるのです。意思確認の大切さ私たちが「自分らしく」生きる上で「意思決定」は最も重要な要素の一つとなります。その結果がどうであれ、自分の選択の積み重ねが自分の人生を形作っていくのですから。一方で認知症や障害等により、周囲に自分の意思をうまく伝えることが難しい方たちがいます。そういった方たちは、より身近な家族に確認する、支援者間でその方に関する情報を共有する等の方法で意思決定を支援することが求められます。支援者として「パターナリズム」を理解するパターナリズムは、決して悪いことではありません。  むしろ「守りたい」「助けたい」という気持ちが根底にあるからこそ生
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DAY10 月収の2%を匿名寄付する

 水が好例ですが自然界の法則は万物が循環することを説いています。そして人間関係にも同じ因果律が成立している見ることができますす。つまり善意・悪意ともに縁あるものを刺激し巡ります。今まで何を受け取ってきたかは別として、今後あなたは意志として何を他者に与えてますか?悪意を遮断し、善意の種を蒔くことを「智慧」と呼ぶのだと考えます。 そして、お金もまた「世を循環して人の役に立つもの」と捉えることができます。悪銭身に付かず、積善の家に余慶ありと諺にも言いますが、自分自身の在り方・生き方と金運の巡りは切っても切り離せない関係にあります。一つの目安として月収の2%の額をすぐにでも匿名寄付しましょう。直接的な見返りがないお金の分配を考えることは見識や人格を飛躍的に高めます。そして与える人になることで受け取るだけの人と関係を絶つことができる益は大きいものがあります。ちなみに資産家の関心事の上位に寄付があげられています。
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(279日目)騙されやすさ。

ワイ「少し話を聞いてもらっていいですか?」助手「どうしたの?」ワイ「この前、友達だと思っていた人にそそのかされて50万円ほど騙し取られてしまって。」助手「何やってんのよ、バカ。」ワイ「色々と助けてくれたりしてたので信用していたんです。」助手「信用するから痛い目見るんだよ。」ワイ「とても反省しています。借金してしまったので何とかお金を工面しないと。」助手「貯金はないの?」ワイ「えぇ。なので何とかして用意しないと返済の期限が迫ってまして。」助手「何とかするって言ったってどうすんのよ?アテあるの?」ワイ「ないですけど、自分の蒔いた種ですから自分で何とかしなければ。」助手「仕方ないわね。少しだけなら助けてあげられるよ。」ワイ「本当ですか!だけどそれはさすがに頼るわけには・・・。」助手「困った時は仕方ないじゃない。あとで返してくれればいいから。」ワイ「ありがとうございます!必ず返しますから。」助手「じゃあ20万円で少しは足しになるでしょ。」ワイ「はい、ストップ。」助手「え?」ワイ「これは詐欺です。」助手「???」ワイ「助手が騙されやすいかどうか試したんですよ。」助手「何だと!」ワイ「気持ちいいほどに騙されましたね。」助手「人の善意を踏み躙ったね。」ワイ「そんなに怒らずに。詐欺の危険から身を守る方法をロープレしただけじゃないですか。」助手「やり方が気に食わない。」ワイ「しかし詐欺って怖いですよね。人の善意につけ込んだり、身近な存在をうまく利用したり。」助手「確かにね。騙されることはないと思うけど。」ワイ「今先ほど騙されたばかりじゃないですか。」助手「アナタが知り合いだったからだよ。」ワイ「
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【稼がずに稼ぐ人の秘密】“寄付”という名の資産運用術

あなたは、大きなお金を寄付したことがありますか?数百円や数千円ではありません。10万円、100万円、あるいはそれ以上──。そう聞かれて「YES」と答えられる人は、世の中にどれほどいるでしょうか?私は、そういう寄付をすることが“趣味”です。……いや、正確には「戦略」かもしれません。寄付によって、私は働かずして、年に何度も“予想外の収入”を手にしています。数百万円から数千万円──気づけば口座に流れ込んでくる。そして私は今、静かな場所で時間に縛られない生活を楽しんでいます。“優雅な暮らし”というのは、努力で掴むものではなく、回路を開いた者にだけ許される特権だと、私は知っています。本当に稼ぐ人間は、“出している”見てください、富裕層の人たちを。彼らは、チャリティーパーティーに出かけては、ためらいなく100万円、500万円、あるいは億単位の寄付をしています。多くの人は勘違いしています。「ああいう人たちは、お金が余っているから寄付しているんだ」と。違います。**“お金を増やすために寄付している”**んです。その証拠に、寄付をした富裕層は、その後さらに資産を増やしていく。反対に、寄付の話題が出るたびに財布を握りしめる人は、年収も生活も変わらない。この差が、未来の差です。「因果の循環」は、実在する世の中には、“仕組み”が存在します。例えば、努力して他人を助ければ、自分が困った時に誰かが助けてくれる。逆に、誰かを陥れれば、何かの形で同じことが返ってくる。これは精神論でも道徳でもなく、現実に作用する法則です。当然ながら、寄付にもこの仕組みが働いています。誰かにお金を差し出すと、形を変えて、自分のも
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仲間はずれの心配なんてしない!【アラフィフ心理カウンセラー「うさぴょん」のココナラ電話相談】

人は社会的な生物であり、仲間とのつながりが幸福感や安心感をもたらします。しかし、時には自分を他者と比較し、仲間外れになることへの不安や恐れが生まれることもあります。しかし、そんな心配は不要です。なぜなら、仲間外れになることが人間らしさや個性の表れであり、その中にこそ新たな可能性や魅力が潜んでいるからです。 一見、仲間外れになることは避けたいものですが、実はその中には個性や独自の視点が生まれる場合があります。他者と異なる存在であることこそが、新しいアイデアや発見のきっかけとなることがあります。例えば、歴史に名を刻んだ多くの偉人たちは、時には時代に逆らい、仲間外れになることで独自の視点から素晴らしい業績を成し遂げました。 社会的な規範や期待に縛られず、自分らしく生きることは、自身の成長や満足感に繋がるでしょう。他者の期待に応えようとするあまり、自分の本来の姿を見失うことはありませんか?仲間外れになることは、自分自身を見つめ直し、本来の価値観や目標に向かって進む良い機会となります。 また、仲間外れになることで育まれるのは、他者と異なる視点からくる理解と寛容さです。異なる経験やバックグラウンドを持つ仲間たちとの交流は、互いの豊かな多様性を認識し、成熟したコミュニケーションを築く手助けとなります。仲間外れに対する理解が深まることで、社会全体がより包括的で豊かなものになるでしょう。 最後に、仲間外れになることは一時的なものであることを肝に銘じましょう。人生は変化に満ちており、仲間が変わることもあります。今は孤独を感じても、将来的には新しい仲間や理解者に巡り会うことがあります。大切なのは、自
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本当に強い人ほど幾つもの悲しみを知っている

皆様、こんにちは。今日は明日からの富山出生に備えてサロンはお休みを頂きます。今を輝いている人をみると眩しいものですね。青春の輝きだなんて軽い言葉で表現する人もいますが、何歳になっても輝いている人は輝いています。そういった人達を狙って取り憑き、苦しみと絶望を与えて最後は自殺へと追い込む悪霊や怨霊、死霊どもに対して情けをかける理由はありません。ついでに言うと自分は絶対に安全な場所にいて、声高に神や仏に竜王などが憑いていると言って人を惑わす人に対しても情けをかける理由はないです。こういった人達は善意の中の悪意(自分は善行をしている、他人を助けていると言って価値観の押しつけや他人を苦しめる)に気が付こうともしないで、自分に酔い知れているので情けをかける理由はないと判断しています。今日の余計な一言:本当に強い人ほど幾つもの悲しみを知っている。
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