「正解のキャリア」に乗れなかった人へ   タクシー運転手が事務職を抜いた朝、AI時代の歩き方を考えた

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布団の中でスマホを開いたのが、間違いだった。
朝日新聞の見出しが目に入る。タクシー運転手やとび職の年収が、この5年で伸びている。職種によっては事務職を抜いた。背景は人手不足。
「ふーん」と、スクロールする指が止まる。
リクルートワークス研究所の古屋星斗さんがこう言っている。「商社に入ればずっと高収入」みたいな決まりきった給料の順番は、少しずつ崩れていく。これからは市場の需要を見て、仕事を柔軟に変えていく時代だ、と。
コーヒーをいれる気力が、抜けた。
「柔軟に動け」って、言うのは簡単なんだよなあ。
動けない人がいる。怠けているからじゃない。動こうとした先で何度か折れて、求人サイトを開いてもスクロールするだけで疲れる、みたいな日が続いている人がいる。スキルがない、年齢が、ブランクが、と頭の中で言い訳が並びはじめると、もう布団から出られなくなる。
私は障害福祉の仕事をしていたことがある。その前もその後も、いろんな職場を渡り歩いた。「正解」と呼ばれるキャリアの上にいた記憶は、たぶん一度もない。商社がどうとか外資がどうとか、ずっと別世界の話として読んできた。
でも、今朝の記事を読んで、思ったのは別のことだった。
「正解のキャリア」が崩れるということは、「正解のコースに乗らなかった人」と「コースに乗っていた人」の差が、ゆっくり消えていくということでもある。
「自分はあのコースに乗れなかった」とずっと引きずってきた人は、そろそろ忘れてもいい時代になってきたのかもしれない。
——と、ここで終われれば気持ちのいい朝だった。
二度寝しようとしたところで、記事の後半に目が引っかかった。
古屋さんはこうも言っている。今はタクシー運転手や大工の年収アップが目立つけど、自動運転が広まったり、AIが機械を動かす技術が進んだりすれば、景色はまた大きく変わる、と。
つまり、事務職はAIに仕事を持っていかれ、現業職は機械にハンドルを握られる。今「乗り換えれば勝ち」と言われている椅子も、数年後にはまた消える。
…で、誰がどこに座ればいいんだ?
少し、話を大きくしてみたい。
世界を動かしてきたものは、時代ごとに違う。
昔は人の手が動かしていた。それから機械、コンピューター、インターネット。世界の運転席は、ずっと交代制だった。
そして今、運転席にはAIが座っている。
しかも、AIがハンドルを握りはじめてから、加速の仕方がおかしい。去年できなかったことが、今年もう普通になっている。助手席の人類は、地図をめくる暇もなく、ただ揺られている。「次の出口どこ?」と聞いても、運転手は返事をしない。
政治も、経済も、教育も、誰も追いついていない。専門家ですら意見が割れていて、「5年後の働き方」を自信もって語れる人は、たぶんいない。
その中で、私たちはニュースを読んで、慌てて椅子を選ぼうとしている。
布団の上で、ちょっと笑ってしまった。AIの運転する車の中で、椅子取りゲームをやらされている気分になる。「正解はここ!」と指された椅子に走っていっても、着いたときには椅子ごと消えている。走れる人ですらそうなんだから、布団から出られない人にとっては、もうどこにも椅子がないように見える。
そもそも自動運転の世界で、運転免許の更新を忘れがちな私は、運転席どころか助手席に座らせてもらえるかも怪しい。
でも、ここまで考えて、ふと思った。
「正解を追いかけ続ける」というやり方そのものが、もう成り立たなくなっている。
走り続けて乗り換え続けるのは、走れる人だけのゲームだ。そしてそのゲーム、加速し続けるAIの上では、勝者もそのうち椅子を失う。だったら、ゲームに勝つ方法じゃなくて、ゲームに飲み込まれない歩き方を考えた方がいい。
たとえば、今日いきなり転職サイトを開かなくていい。
その代わりに、いつもの仕事のやり方に、何かひとつだけ、新しい道具を混ぜてみる。
事務職なら、毎週作っている集計表を、ChatGPTに「こういう形に直して」と頼んでみる。会議の議事録なら、録音をAIで文字起こししてみる。
介護や接客なら、利用者さんやお客さんから何度も聞かれることを、スマホのメモに溜めてみる。日報や申し送りを、音声入力で書いてみる。
それも面倒なら、職場の同僚に「最近、何か便利なツール使ってる?」と聞いてみるだけでもいい。
それでピンと来なかったら、明日また別のものを触ればいい。来週でもいい。来月でもいい。
これ、走って椅子に座りに行く動きじゃない。今いる場所で、半歩だけ手を伸ばす動きだ。
「正解は一つ」「乗り換えなきゃ」「早くしないと」。この三つの呪いから、ゆっくり降りる歩き方だ。
「ずっと回り道してきた」と思っていた人にとって、これは新しい話じゃないと思う。正社員から派遣に変わったり、業界をまたいだり、体調と相談して働き方を変えたり。気づいたら横に動いて、何回も選び直して、ここまで来ている。
走る人から見たら遠回りに見えるその歩き方が、AIの加速に飲み込まれない数少ない歩き方だったりする。時代の方が、たまたま追いついてきただけ。
コーヒーをいれた。
AIがハンドルを握る世界で、人類はみんな助手席にいる。事務職も、タクシー運転手も、商社マンも、布団の中の私も、行き先を知らないまま揺られているところは、たぶん同じ。
タクシー運転手の年収が事務職を抜いた、という事実は、走っている人にも、布団から出られない人にも、同じ重さで届く。その事実をどう読むかは、こっちで決められる。
「乗り遅れた」と読むこともできる。 「乗らなくてよかった」と読むこともできる。 「いつから乗ってもいい」と読むこともできる。
コーヒーが冷めないうちに、もう一口飲む。今日も、何を選ぶかはまだ決まっていない。
※参考:朝日新聞「タクシー運転手やとび職人の給料なぜ上がる? 年収分析の専門家は」(2026年4月27日)
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