あなたの「自分認定医」、何人体制ですか? 国はひとり体制をやめると決めた

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今日のニュースで、ひとつ、ひっかかった。
厚労省が今秋から、障害年金の「不支給・減額・停止」といった本人に不利益になる決定は、すべて複数の認定医で審査する方針を決めた、というニュース。
これまでは、申請ひとつにつき認定医がひとりで判定していた。 特に精神障害は状態を数値化しにくく、「認定に幅がある」という声があったらしい。
つまり、こういうことだ。
「ひとりで判断すると、ブレる」
国が、これを公式に認めた。
医学を学んで、国家資格を取って、認定医として研鑽を積んだ人ですら、ひとりで判断するのは危ういと、国が認めた。
で、ニュースを読み終えて、ふと思った。
——あれ。 自分のことは、毎晩ひとりで決裁してるな。
(これ読んでるあなた、同じこと思った人いません?)
あなたの「自分認定医」、何人いますか
「自分はダメな人間だ」 「あの場面で発言した自分、最低だった」 「やっぱり何もできない」
これらの判定、誰がしているか。
自分。 ひとりで。 深夜に。 眠い目で。 データもなく、第三者意見もなく、ただの感情で。
しかも、認定医の研鑽もなく。
国は「これじゃダメ」と認めて、わざわざ複数体制にコストを払って制度を変えようとしている。 だが、あなたの脳内裁判所は、いまだに認定医ひとり体制で運営されている。
しかも、その認定医、機嫌が悪い日が多い。
(ちなみにあなたの「自分認定医」、どんな人ですか?厳しめ/優しめ/日によってブレる、とか。コメントで教えてもらえると嬉しい)
ひとりで決めると、なぜブレるのか
数値化しにくいものを、ひとりで判断するのが、難しいからだ。
精神障害の認定が複数体制になる理由も、まさにそこにある。
「この人は、生活にどれくらい支障があるのか」
これは、レントゲンに映らない。 血液検査でも出ない。 評価する人の感覚が、どうしても入る。
だから、ひとりだと「幅」が出てしまう。
——で、自分の評価も、まったく同じだ。
「自分はダメ」 これはレントゲンに映らない。 血液検査でも出ない。 評価しているのは、深夜の自分の感覚だけだ。
しかも、医者じゃない。 昨日の自分のことを、いちばん厳しく見てしまう「身内」が、ひとりで判定している。
ブレない方が、おかしい。
(しかも上訴の制度もない。一審で判決が確定する。地獄の最高裁)
自分認定医ひとり体制を、続けると
どうなるか。
認定が、どんどん厳しくなる。
「ダメな自分」の判例が積み上がる。 新しい行動を起こすたびに、過去の判例を引っ張ってきて却下する。
「前にも失敗したから、今回もダメ」 「あのとき言われたから、今回も言われるはず」 「どうせ自分には無理」
裁判所として、どんどん効率化していく。 申請が来た瞬間、判例だけで却下できる。 速い。便利。 そして、何も新しいことが始まらない。
国が複数体制に変えるのは、ひとり体制を続けると不公平な却下が積み重なるからだ。 あなたの脳内裁判所も、同じ理由で、いま「認定医を増やすタイミング」に来ている。
第二の認定医を、雇う方法
ここで「ポジティブに考えよう」とは言わない。あれは、効かない。
代わりに、第二の認定医を、ひとり、雇う。
具体的には、こうする。
夜中、「自分はダメだ」と判定が下りそうになった瞬間、心の中でこう問う。
「これ、同じ状況の友人に対して、自分は同じ判定を下すか?」
これだけ。
たとえば、今日仕事でミスをした友人が、夜中に電話してきて「自分はダメな人間だ」と言ったとする。
あなたは、こう返すだろうか。
「うん、そうだね。あなたはダメな人間だね。今後も新しいことに挑戦しないほうがいいよ」
——返さないはずだ。
もっと言葉を選ぶ。状況を聞く。「そんなことないよ」と否定しないにしても、「今日は疲れてるから、もう寝なよ」とは、言うはずだ。
つまり、あなたは「友人を判定する認定医」としては、わりとまともな判断ができる。
問題は、自分専属の認定医が、ひとりだけで、しかも厳しいということ。
「友人だったら、なんて言うか」 これを、第二の認定医として、自分の頭に雇う。
これだけで、判定が、変わる。
国が変えた制度を、自分にも適用する
国は、認定の客観性と公平性のために、複数体制に変えた。
自分に対しても、同じことをしていい。
「自分はダメ」という判定が下りそうになった瞬間に、もうひとりの認定医を呼ぶ。 「友人だったら、同じことを言うか?」と。
ふたりで判定すれば、ブレ幅が小さくなる。 不利益処分が、減る。
国が認めたとおり、ひとりで決めるのは、危うい。 専門家ですら、危うい。 ましてや、深夜の眠い自分が、ひとりでやっていいわけがない。
ところで、このニュースを最初に読んだとき、ひとつだけ不思議だった。
「障害年金の話なのに、なんで自分のことを言われている気がするんだろう」
たぶん、答えはひとつだ。
国の制度設計者ですら気づいた「ひとりで決めるとブレる」を、私たちは毎晩、自分自身に対してやり続けている。
しかも無料で、無資格で、無防備に。
今夜、判定を下しそうになったら、もうひとり、呼ぶ。
それだけで、明日の自分の処分が、ちょっと変わるかもしれない。
(最近、自分認定医に下された「ヤバい判決」、あったらコメントで教えてください。第二認定医として、ちょっと意見させてもらえるかも)
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