あの日以来、私のデスクには、トリプルチェック用のチェックリストと、データの深掘りを指示する付箋が、隙間なく貼られるようになった。
「正確さは、信頼のすべて」
蒼さんの冷たい声が、私の行動を支配していた。
私は、効率を犠牲にしてでも、正確さを優先した。
一つのデータを確認するのに、何度も何度も、何度もチェックした。
競合他社のデータをまとめる際も、ただ数字を並べるだけでなく、その背景にある市場の動きや、顧客の声を、データの裏側から読み解こうと努めた。
「澪さん、このデータのまとめ方、的確でした。深掘りの視点が、これまでのものよりずっと鋭くなっています」
一週間後。
週次の定例会議で、同僚の先輩から評価された。
私は、自分の心臓が、これまでとは違う、温かい鼓動を刻むのを感じた。
「はい。蒼さんの指摘を活かして、データの背景を理解するように努めました」
私は、少しだけ晴れやかな表情で、蒼さんに向き直った。
声が、上擦らずに、確かな重さを持って響いた。
蒼さんは、会議室の端で、私の資料を静かに見つめていた。
これまでの冷徹な表情は変わらない。
しかし、私の資料を見て、眉を和らげ、小さく頷いているように見えた。
「……澪さん」
会議が終わり、オフィスに戻った際、蒼さんの声が私の背中を捉えた。
私は、自分の背筋が、期待と不安で、複雑に波打つのを感じた。
「はい」
私は、慌てて彼に向き直った。
声が、少し上擦ってしまった。
「このデータの深掘り、的確でした。正確さも向上しています。この調子で続けてください」
蒼さんの言葉は、短く、的確で、感情を交えなかった。
しかし、その言葉は、私に対する“小さな評価”だった。
これまでとは違う、確かな重さ。
(……私、成長できたかな)
自宅に戻っても、蒼さんの静かな頷きと、的確な評価が、頭から離れない。
(……正確さは、信頼のすべて)
私は、ベッドに入っても、眠れなかった。
(……成長したい)
その夜、私は、自分の努力を振り返った。
蒼さんの指摘は、ただの小言ではなかった。
私の、初心者らしいミス。
正確さの大切さ。
そして、成長のための評価。
私は、自分の努力を認め、蒼さんの評価を力に変えることを決意した。
(……明日こそ、成長するんだ)
私は、蒼さんの冷たい視線に負けずに、正確さと深掘りを両立できる自分になる。
私の新しい物語は、まだ始まったばかり。
続く。