【記憶の向こうも愛だった】息が詰まるあの日々、涙が教えてくれたこと。

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コラム
「もう、離れたい」
あの頃の私は、一日中、
家の中で続く息の詰まるような時間から、
ただ逃げ出したくて仕方なかった。
不登校の子どもと向かい合う日々は、
出口のないトンネルのようで、
自分を責める声だけが暗闇に響いていた。

「毎日が苦痛だ」と叫びたい。
でも、そんなことを思ってしまう自分は、
親として失格なのではないか。
その思いが、さらに私の首を絞めていた。

今、同じように嵐のど真ん中で、
呼吸さえうまくできないあなたへ。
どうか、ご自身を責めないでください。
逃げたくなるのは、
愛情が足りないからではなく、
あなたの心が限界まで
悲鳴を上げているからです。

あの頃の私には、
こんな想いを抱ける日が
来るとは思いもしなかったけれど。
嵐を抜け、
少しだけ遠くから振り返ることが
できるようになった今、
確かにわかることがあります。

あの、息も絶え絶えに過ごした日々は、
実は、かけがえのない、
とても貴重な時間だったのだと。

私には、聴くと必ず、
どうしようもなく
涙が溢れてしまう曲があります。

米倉利紀さんの『アイシテル、ボクノモノ』
藤井風さんの『旅路』
槇原敬之さんの『遠く遠く』

イヤホンからその旋律が流れ出すと、
ふっと視界が滲みます。
そっと目を閉じれば
瞼の裏に浮かび上がるのは

あの時、
確かに私の手の中にあった小さな温度。
まっすぐに見つめてきた小さな瞳。
ぎゅっと握り返してくれた小さな手。

あの日々の愛おしい姿が鮮明に蘇り、
やがてその光景は、
今のあの子の姿へと重なり……
今はもう私の手から離れ、
遠くの場所で、
たった一人で
頑張っている背中のシルエット。
それが見えた瞬間、
喉の奥が熱くなり、
堪え切れない涙が
次々と頬を伝っていきます。

これは、決して悲しみの涙ではありません。
今、こうして離れていても、
同じ時を生きていること。
あの時、一緒に一生懸命に、
試行錯誤しながら
泥だらけで生きたあの時間。

決して当たり前ではないこの日々に、
ただ「ありがたい」と祈るような気持ち。

その後悔も、苦しさも、
すべてが溶け合った、温かく、静かな涙。

この涙を流し、
その思いを深く噛み締める時間が、
今の私の「生きる力」になっています。

音楽に身を委ね、涙を流すたび、
私は自分の中にある確かな光
に気づかされるのです。

「ああ、私はこんなにも深い
『愛』を知っているんだ」と。

今、嵐の中で苦しんでいるあなたへ。
今はまだ、
「子どもといる時間が貴重だ」
なんて思えなくて大丈夫です。
そんな言葉を、
無理に飲み込む必要はありません。
でもいつか、あなたにも、
今日の苦しみが
温かい涙に変わる日が必ず来ます。

もし今、息が詰まって、
家の中の空気が吸えなくなってしまったら。
いつでも、
私のところへ避難してきてください。
あなたが、
あなたの中にある
「愛」を思い出せる日まで。
私がここで、
あなたの痛みを一緒に預かります。

〜お知らせ〜
誰にも言えない苦しさ、
ドロドロとした本音。
否定も評価もせず、ただ静かに受け止める
「避難所」を開いています。

本名を明かす必要はありません。
お好きなニックネームのまま、
テキスト(文字)で
吐き出していただけます。
ご自宅で声を出しにくい状況でも大丈夫。
「とにかく聞いてほしい」
「まとまらない言葉をそのまま送りたい」
だけでも大歓迎です。
あなたのペースで、
安心してお越しください。


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