「その言葉、通じてないかも?」と思ったら。人間関係が少しラクになる「言語ゲーム」の話

記事
コラム
「あんな言い方しなきゃよかったかな」
「どうして私の気持ち、
わかってくれないんだろう」
ふとした会話のすれ違いで、
夜遅くまで一人反省会を
してしまうことはありませんか?

私たちは普段、
自分の気持ちを
正確に伝えるための「言語化」や、
相手を不快にさせない「言い回し」に
多くのエネルギーを注いでいます。
それでも、
なぜか伝わらない。
誤解される。
そんな時、私たちは
「自分の表現力が足りないせいだ」と
自分を責めがちです。

けれど、
20世紀の哲学者ウィトゲンシュタインは、
もっと軽やかで面白い答えを
提示してくれています。

今日は、小川仁志さんの著書
『身近にあふれる
「哲学」が
3時間でわかる本』
をヒントに、
コミュニケーションの「正体」
についてお話しします。


■ 言葉の意味は「辞書」ではなく
「場面」で決まる

ウィトゲンシュタインはこう言いました。
「言葉の意味は『使われ方』で決まる」と。
本の中で紹介されている、
「ちょっと」という言葉の例が
とても分かりやすいです。

• 「ちょっと待って」
(数秒〜数分待ってほしい)

• 「ちょっと高いね」
(買うのをためらう程度)

• 「ちょっとした天才だね」(強調)

同じ「ちょっと」という言葉なのに、
文脈によって意味がまるで違いますよね。
私たちは辞書に載っている
固定された意味を使っているのではなく、
その場の空気や状況に合わせて
言葉というボールを使い分けているのです。


■ 私たちは日々「ゲーム」をしている?

ウィトゲンシュタインは、
こうした言葉のやりとりを
「言語ゲーム」
と名付けました。

サッカーにはサッカーの、
野球には野球のルールがあるように、
会話にも
「その場ごとのルール」があります。

• 職場でのゲーム:
 論理的であること、
報告・連絡・相談がルール。

• 家族とのゲーム: 
「ごはん」と言えば
「準備できたよ」や「お腹すいた」が通じる
阿吽の呼吸がルール。

• 友人とのゲーム: 
「やばい!」の一言で共感し合えるルール。

私たちは無意識のうちに、
この「ゲーム(ルール)」
瞬時に切り替えながら生活しています。


■ すれ違いは「ゲームの違い」から生まれる

コミュニケーションのすれ違いは、
「言葉の意味」を間違えたのではなく、
「使う場面(ルール)」
を間違えてしまったこと
から生じているケースが多いのです。

例えば、若手の部下が言う
「全然大丈夫です」という言葉。

若者同士のゲームでは
「問題ない、OK」という意味で
使われますが、
年配の上司のゲームでは
「『全然』の後には否定形が来るべきだ
(全然大丈夫ではない)」や
「投げやりだ」
と受け取られることがあります。

これは、どちらかが
間違っているわけではありません。
単に、参加している
「言語ゲーム」の種類が違っていただけ
なのです。


■ 「正しさ」よりも「ルールの理解」を

「正しい日本語」や
「完璧な言い回し」にこだわりすぎると、
会話は窮屈になります。

もし「伝わらないな」と感じたら、
自分の語彙力を責める前に、
少しだけ視点を上げてみてください。

「あれ?
今、相手はどんな『ルールの箱』の中に
いるんだろう?

そう考えるだけで、
コミュニケーションは
「戦い」や「試験」ではなく、
相手に合わせた「チューニング」
に変わります。

言葉だけでなく、
沈黙も、LINEのスタンプ一つも、
現代における立派な言語ゲームの一部です。

「言語化しなきゃ」と焦る心を少し緩めて。

今日は相手とどんなゲームを楽しみますか?

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら