「正しさ」に縛られた「まじめ」は苦しい。

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コラム
こんにちは。
*気持ちを整えるサポーター*のあぼです。

私のブログを開いてくださり
ありがとうございます^^

良かったら、最後まで
読んでもらえたら、嬉しいです🍀

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私はよく「まじめだね」と言われてきました。

まじめって、良いこと...なはず。

でも...
言われるたびに、実は心の奥で少しモヤモヤしていたんです。


そのモヤモヤの理由は
ずっと、わからないままだったのですが

心理学を学ぶようになってから
見えてきたことがありました。


それは


私の“まじめ”は
「正しさ重視のまじめ」だったということ。


どういうことかいうと


本来、“まじめ”というのは
「人や物事に、誠実に向き合う」ということです。


私も
誠実に向き合いたいという気持ちは
ずっと、持っています。

でも、以前の私は
その気持ちが

「誠実に向き合いたい」から

「向き合わなくちゃいけない」
「向き合うべきだ」という


「○○すべき」「○○でなければいけない」といった
“べき思考”に変わっていったのです。



この思考に陥ってしまうのは、私だけではないと思います。


その背景には

 「条件付きの愛情しかもらえなかった経験」があるとも言われています。


「できる自分しか認めてもらえない」
「期待に応えることでしか愛されない」


そんな経験を重ねるうちに、
 間違いや失敗が「自分の価値を下げる」ことのように感じ、

その怖さから
 「正しくいなければ...」と思い込んでしまうのです。


そしていつしか
「正しく振る舞う自分」を演じるようになる。


「自分がどう感じたか、どうしたいか」という
自分の本心よりも

「人にどう評価されるか、どう思われるか」という
他人からの評価を優先して


頭の中で「正しい答え」を、必死に考え
自分が「これなら大丈夫」と思える返答や行動をしていく。


このように

「正解」を探し続けて、
 人の目や評価を気にして、自分の振る舞いを決める。


そんな自分に気づいたとき、

私は本来の“まじめさ”から
少しずれていたのかもしれない...と感じました。


また

いつも自分に対して

「正しくなければいけない」
「完璧でなければいけない」

と思っていると

他者に対しても、その理想を求めるようになります。


自分が思う正しさからズレている人をみると
イライラしてしまったり

その人を
許せないような気持ちにもなっちゃうんですよね。


「こんなことをするのは、間違っている」
「私はこんなに○○しているんだから、あなたもすべきだ」


こんな考え方を
無意識に、周りの人にも押し付けるようになります。


そうなると

自分の心だけでなく
人間関係も、壊れてしまいますよね。




このように
「べき思考」が強くなると

日常的に
「こうすべき」ができない自分を否定したり
「こうすべき」をしない他者を批判して

どんどん、苦しくなっていきます。


正しさばかりにこだわり

目に見えないルールに縛られ

自分も他者も、ジャッジしながら生きる。


でも本当は...


正しさに「答え」なんてないのに。


人それぞれ、価値観が違うように

人それぞれ、正しさも違うのに。



このことに気づいた私は
少しずつ、この「べき思考」を手放そう...と思いました。




次回は「べき思考」について
もう少し詳しく、お話したいと思います。


           いつでも、ご連絡お待ちしています^^


みなさまが
「心地良い」毎日を、送れますように...🌈

                    *あぼ*


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