毒親から逃げることで、病気が回復していった話

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コラム
私は毒親から虐待を受けて育ち、その結果、16歳で摂食障害双極性障害になりました。
長い闘病生活でしたが、摂食障害は15年ほどかけて完治。双極性障害も回復しました。
この病気の回復に絶対に必要だったと思うことは、毒親から逃げる事でした。
今回は毒親からどのようにして逃げていたのかをお話したいと思います。


大学生になり、家出生活が始まる


親に反抗することが許されず、一度も反抗期を迎えること無く育った私は(親の思い通りではない言動をすると、縁を切る!などと言われてしまっていました。)
大学生になりました。

大学は美術大学でしたが、制作や練習など以外は、主に授業は夜間なので、
朝から夕方まで働き、夜から学校に行くスタイルでした。
その為、授業は21時過ぎまであり、必然的に帰るのは遅くなりました。

そうすると、だんだん家にいなくても良い時間が増えて行き、
その暮らしに救われていることに気づきました。

家に帰れば常に不安で怖くて落ち着かなくて、辛い気持ちでいなければならなかったので、家に帰らない方が、病気も良くなるかもしれないと思いました。

アルバイトを沢山掛け持ちして、毎日長時間働いていました。
しかしこの時期は、病気もどんどん悪化して行った時期でもありました。

双極性障害の躁状態だったのだと思います。
24時間働いて、そのままディズニーランドに友達と行ったり、
3日ほど眠らないで制作や仕事をするなどしても「全然平気!!」と周りに言ったりしていました。
拒食状態だったので、食べ物もろくに食べていませんでした。
3時間ほどの睡眠時間で生活していた時も多かったと思います。

家に帰らなかったり、家にいない事が増えて、そのような現状に毒親はかなりイライラし始めました。
暴言を吐いたり、暴言まみれのメッセージを送ってきたり、電話も鬼のようにかけてくるようになり、私は携帯電話からの毒親のメッセージや電話にいつも怯えていました。

知名度のある大学だったので、周りに自慢したりできて、最初は嬉しそうにしていましたが、
「こんな大学に入れるんじゃなかった!!」などと言い始めました。

でも、医師からも「とにかく逃げなさい。家出でも良いから逃げなさい」と言われていたので、
家に戻されることもありましたが、私は逃げる事をやめませんでした。
友達の家に行ったり、それができない時は、24時間営業のお店にいたり、公園にいたりして過ごしました。
私の家出生活の始まりでした。

大学を出て、ついに念願の一人暮らしを始める

大学を出た後、なんとか猛反対する毒親をなんとか説得して、一人暮らしをしたことがありました。
しかし、お金を稼がないと住む所も無くなってしまうので、
保育園で保育補助として仕事をしながら国家試験の勉強をし、夜は居酒屋で働くという相変わらずな、おかしいほどにハードな生活(躁状態)を送っていました。
そのうちに電池が切れてうつ状態になり、何もできなくなる期間がありました。

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それでも毒親と離れて暮らせるということが、とてつもなく嬉しかったのを覚えています。

しかし、1人暮らしをしている時も、毒親は連絡もなく合鍵を使って勝手に上がり込み、
私が寝ている姿を見て、「ほらね!!こんなこったろーと思ったわ!!」
などと吐き捨てて、即刻一人暮らしを辞めさせられてしまいました。
一人暮らしをしても、いつ毒親が急にやって来るかわからない環境は恐怖でした。

夫との出会いがきっかけで、毒親から逃げることが出来たように思えた日々

そして24歳の時に、夫と出会いました。

夫と付き合うことになり、夫は優しく私を迎え入れてくれて、すぐに夫と同棲生活を始めました。
幸運にも、夫の家は私が働いている保育園のすぐそばにありました。
と同時に、残念ながら実家の近くでもありました。

一人暮らしは、毒親と離れるには良かったですが、とても寂しいものでした。
特に摂食障害と双極性障害が酷い時期でもありましたので、常に孤独を感じ、毒親への恐怖も感じて不安定でした。
そしてその頃は、拒食と過食嘔吐を繰り返すタイプの摂食障害だったので、精神的にも肉体的にも病んでいる感じでした。

しかし、夫と暮らし始めて、徐々にちゃんとした生活スタイルに変わって行ったのです。
元々料理をするのが大好きだったので、夫のお昼のお弁当を作ったり、朝ご飯、夜ご飯も毎日作りました。
寂しさも無くなり、大好きな人に何か自分ができていることも嬉しくて、夫との生活はとても楽しかったです。



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拒食や過食嘔吐も徐々にですが、良くなって来ていました。ちゃんと睡眠も取れるようになって来ていました。躁状態になる事はかなり減っていました。

毒親からは逃げられていましたが、時々道端で毒親の姿を見かけたりして、急いで隠れたりする日々が続きました。
そのため、完全に安心した環境とはまだ言えませんでした。
毒親からの恐怖の連絡もよく来ていました。

それから数ヶ月後、夫と結婚することになり、ついに毒親にそのことを話す時が来ました。
母親は家を見たがったので、家に母親を呼び、夫と母親と私の三人で話をすることになりました。

母親の第一声は「一体この子のどこが、何が良いんですか?」でした。
夫は私の良いところを沢山沢山話してくれました。
母親は唖然としていましたが、夫がちゃんとした人で、お金を持っている人だということがわかると、「あんたにはもったい無いくらいの良い男だわ!本当、なんであんたと結婚なんかするのか不思議だわ」と言っていました。

今まで、付き合った人の話をした時には、少しでも母親の気に食わない部分があると、「そんな男はだめだ!」「どうせすぐに別れるよ」などと言われてきました。

日本生まれで日本育ちの韓国人の方と付き合った時には、その韓国人ということだけで、「韓国人と付き合うなら縁を切るよ!!」と言われました。
「将来子供がいじめられたらどうするつもり!?」とも言われました。

男女差別やLGBTQの方への差別、人種差別など・・・両親共に、ものすごく差別をする人間で、
父親に関しては、黒人の方などがテレビに出ていると、「あんなクロンボ(かなりの差別用語です)見ているだけで臭そうだ!!あんなのと結婚したり関わったりするやつの気がしれねぇ!!」
などと吐き捨てていました。
そのような両親の差別的な発言を聞くたびに、情けなくて情けなくて涙が出そうになりました。そして、私は絶対に差別はしない人間になろうといつも心に誓ったのでした。

小さい頃から、両親を反面教師にして生きて来て、今の私がいます。


母親はいつもいつも「彼氏もできないで、本当にだめだね!!〇〇ちゃんはいつも彼氏いるのに!!あんたは!!」などと言うので、
仕方なく「彼氏ができた」と言えば大体は、否定してきたので、もう彼氏ができても親には絶対に言うのはやめようと思いました。
彼氏に会わせたのも夫が初めてでした。
父親の方は男性の名前が出ただけでも、大変なことになってしまう感じでしたので、
彼氏などの話は一切タブーでした。

母親からも、そのようにしなさいと言われ、
「私はまだ生まれてから一度も男性とお付き合いしたことがありません」
というスタンスで、いつもいました。

毒親から完全に逃げる為に遠くへ引っ越しすることに


しかし、母親を家に呼び、毒親に自分の住む場所を教えてしまったのが、失敗だったのです。

母親は連絡無しに家にやって来てインターホンを押すようになりました。
夫がいない時にやってくることが多く、私に散々毒を吐いて帰るようなことをし始めました。

そのうち居留守を使うようになりましたが、アパートでしたので、いるかどうかは電気がついているかなどでわかってしまい、怯えながら過ごす生活になってしまったのです。

しかし、あることがきっかけで急遽、毒親から離れるために、実家からかなり離れた場所に引っ越しをすることに夫と決めました。
(この事は次回のnoteで書こうと思います)

引っ越し直前にも母親は家にやってきてインターホンを押していましたが、出ないのがわかると、よくわからないゴミのようなものを置いて行ったりしました。
(壊れたクリスマスツリーなど、かなり大きいものなども)
その後引っ越し中にも、またやって来ましたが・・・・

そして、私達は夫の仕事に支障が無い範囲で、実家からかなり離れた場所に引っ越しをしました。

住む場所もアパートでは無く、オートロック付きのマンションで、
下からでは、私たちがいるかどうかわからないような設計、そして
コンシェルジュ付きのマンションを選択しました。

家賃が高かったので、本当に一時的な引っ越しでしたが。
今は安心が第一だと夫と話し合って決断しました。

そして、ついに毒親から完全に逃げ、安心できる生活を手に入れたのです。

このように私は毒親から、とにかく逃げることを優先して来ました。
他にも沢山の事を乗り越えて病気は治ったのだと思いますが、
毒親から逃げることが出来たからこそ、摂食障害も双極性障害も良くなって行ったのだと思っています。
もしまだ毒親と一緒にいたら、病気も治っていなかったでしょうし、今こうして、ここに生きていないかもしれないとすら感じます。

毒親がいて、辛くて悩んでいる方、精神的に病気になってしまっている方、毒親と離れて安全な場所で暮らせたら、病気の回復に繋がるかもしれません。

私の体験談でしかないですが、どなたかの幸せへの力になれたら嬉しいです。


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