民話シリーズ5 東北地方の民話 青森編
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「風の声、若葉の祈り」
むかし、恐山のふもとに、
死者の声を聞くことができるとされるイタコがいた。
その声は風に乗り、湖に揺れ、
生者の胸に静かに届くという。
2026年の春、札幌から一人の男が訪れた。
名を貞彦という。
彼は、23年前に亡くなった少女の声を聞きたくて、
恐山のイタコを訪ねてきた。
少女の名は倉田若葉。
世田谷区の坂道で出会った美しい女子高校生。
浪越高校の芸能コースで女優を目指していたが、
23歳のとき、交通事故で命を落とした。
貞彦は高校生の修学旅行中、
一人で世田谷の坂を歩いていた。
「美少女探し」と称して、
偶然出会った若葉と言葉を交わし、
その後、遠距離恋愛が始まった。
だが、若葉は突然この世を去った。
貞彦はその喪失を胸に抱えたまま、
年月を重ねてきた。
そして今、
「もう一度、若葉の声を聞きたい」
その思いだけを胸に、恐山へと足を運んだ。
イタコは静かに祈りを捧げ、
やがて、低く、柔らかな声で語り始めた。
「……貞彦……」
その声は、若葉の口調だった。
懐かしく、優しく、そして少し照れくさそうに。
「……あの坂道で出会ったとき、
あなたが“美少女探し”なんて言ってたの、
ほんとはちょっと笑っちゃったのよ……」
貞彦は涙をこらえながら、
イタコの声に耳を傾けた。
「……でも、あなたがくれた言葉、
遠くても、会えなくても、
ずっと私の支えだった……」
「……今も、あなたが生きていてくれて、
こうして私を思ってくれて、
それだけで、私は幸せ……」
「……ありがとう……」
イタコの声は、風のように静かに消えていった。
その夜、貞彦は恐山の湖畔に立ち、
風に吹かれながら、
若葉の声を思い出していた。
湖の水面が揺れ、
どこか遠くから、赤い花びらが一枚、
風に乗って舞い降りた。
それは、若葉が好きだった色だった。
恐山では今も語られている。
「死者の声は、風に乗って届く。
それを聞く者の心が、祈りとなる」
──おわり