人は自分の経験を元に「常識」か「非常識」かを決めます。
自分の常識の範囲内であればそれを肯定し、逆に範囲外であれば否定します。
常識を超えるというのは、何も世間的に見て非常識な人間になるということではなく、自らの内側に答えとして、
「常識に縛られない心」を持つということです。
それは先入観の無い思考であり、あるがままを観ようとする抽象度の高い「優れた思考」です。
なぜそれが優れた思考と言えるのかというと、あるがままを観る力を付けていくことで、
心理的な盲点を大きく外していくことが可能となるからです。
心理的な盲点が減れば減るほどハテナ(?)は減り、
無矛盾性が高まることで「悟り」にへと近づきますし、幸福感も増していきます。
精神的な幸福を高める為に必要なのは自立した思考であり、物質的幸福とは違い、一度確立し、習慣化してしまえば半永久的なものになります。
不完全性定理について以前ブログでお伝えしましたが、この不完全性を知ることで「常識か?非常識か?」という思考を超えていくことが出来ます。
不完全性定理を提唱したクルト・ゲーデルは、
「不完全性定理を理解した。と言う人間は、不完全性定理を理解したとは言えない。」
と言っています。
何が言いたいかと言うと、全ての事柄に置いて、「これはこういうものだ」と言うような断定的な回答には必ず不完全性が存在する。
ということです。
つまり、私たちが「常識」と掲げたものには「そうとも言えない理由」が必ず存在するということ。
僕はこの不完全性定理を知った時、凄く恥ずかしくなりました。
何故なら、今まで自分の常識を確実なものとし、その自分の枠組みから外れる人間を否定してきたし、その考えが正解だと疑わなかったから。
一度イライラしている時や、悲しみに打ちひしがれるような事があれば、思考を観察してみてください☆
そこには必ず極端な思考があり、断定的に決めつけている何かがあります。
それに気づいた時点で、その思考を手放してください。
言葉1に対して感情24と、人間は論理の生き物ではなく感情の生き物ですから、視点を変えて、感情を落ち着かす何かを始めてください☆
思考=言葉である時点で不完全です。
不完全であるのなら、自分の心が軽くなるような解釈を自由にしてください☆
手放すことが難しく感じたのなら、
「今日が人生最後の日なら、私にとって今何が重要?」
と、自分に問いかけてあげてください☆
それはきっと自分に優しく、あなたと繋がる誰かにとっても、優しい答えになるのだと思います☆
本日も最後までお読みくださり、ありがとうございます☆
◇今日の名言◇
人間はその不完全を許容しつつ愛しあう事です。
不完全であるが故に斥(しりぞ)けあうのでなく、人間同士が助けあうのです。
他人の行為を軽々しく批判せぬ事です。
自分の好悪の感情で人を批判せぬ事です。
善悪のいずれか一方にその人を押し込めない事です。
吉野弘
◇「空の体得」により「観自在(かんじざい)」と呼ばれる境地を体感で共有、自立のサポートをさせて頂いております◇
観自在とは字のごとく、観念=思考であり、 「(色々なものを)観察することが自在である」ということであり、
リフレーム能力(物事の見方を変え説明する能力)を飛躍的な向上を期待できます。
訓練を重なることでより日常に定着し、ポジティブになることで悩む時間を極端に短くしていくことができます。
推定時間約 60分
是非お問い合わせをお待ちしております。