シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その18

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しばらく元埼玉県民で埼玉の土地勘があるために、埼玉ブログの内容に当てはまるのと。美大で授業を受けた関係でもあり八潮市の陥没事故のメカニズムを連載しましたが。
その件で嫌がらせもあり、しばらくブログはお休みしていましたが。
落ち着いてきましたので再開します。

さて、埼玉県を代表する路線といえば、JR高崎線、西武池袋線、東武東上線、秩父鉄道、JR八高線と並びJR武蔵野線がありますが。
朝霞市と志木市の隣にある新座市(にいざし)と、越谷レイクタウン駅と越谷駅の中間には、武蔵野線の大元となった施設があります。
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JR貨物 新座貨物ターミナル駅

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JR貨物 越谷貨物ターミナル駅

「武蔵野線は、山手貨物線のバイパス路線として日本国有鉄道(国鉄)が建設した貨物線で、同時に旅客用にも供用された首都圏の外環状路線である。南関東の東京都多摩地区、埼玉県南部、千葉県西部(東葛地域)など首都圏の郊外を結ぶ通勤・通学路線でもあり、東京都心部から放射状に延びるJRや私鉄の各路線との交点に乗換駅が設けられている。旅客営業の起点は府中本町駅であるが、府中本町駅 - 鶴見駅間は現在でも貨物専用路線として機能しており、この区間は旅客営業区間と区別して通称「武蔵野南線」と呼ばれる。

武蔵野線は、山手貨物線を代替する「東京外環貨物線」として計画され、1927年の鉄道敷設法に取り入れられていたが、第二次世界大戦などの影響で計画は凍結された。戦後になり山手貨物線の貨物列車本数が増加したことから、1952年に首都外郭環状線の一環として所沢 - 浦和 - 流山 - 我孫子間の路線が埼玉県より申請され、1957年に鉄道建設審議会で玉葉線(ぎょくようせん)として建設が決定され、1964年にD線と通称される大都市交通線として日本鉄道建設公団によって着工した。
1973年4月1日に府中本町駅 - 新松戸駅間・与野駅 - 西浦和駅間などが開業し、旅客線および貨物線の営業を開始した。」
Wikipediaより

武蔵野線に乗っているとやたらと貨物列車を見かけますが、それは元々は貨物専用で旅客はそのついでの路線だからです。
貨物ターミナル駅は全国に存在しますが、港の近くなどの貨物が多く運ばれる場所以外で、ここまで近くに貨物ターミナル駅が存在するのは珍しいのではないでしょうか?
そこらへんも貨物路線であることがよく分かると思いますが。

そんな貨物ターミナル駅の近くにあるのが、新しく駅ができて観光地化した有名な越谷レイクタウンです。
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このレイクタウンは、大きな調節池がふたつ水路によって繋がっている状態ですが、実はこの調整池が出来たのは最近の事。
1995年にはここには田んぼが広がるだけでしたから、大きな池ができるなど地元以外の人は考えられなかったでしょうね。
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現在の調節池がある場所を合わせてみるとこんな感じです。
2007年に北側の池が完成し、建設中の駅の建物やその周辺の開発状況も航空写真からうかがえます。
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そして越谷レイクタウン駅が開業したのが2008年ですから、北側にのみ大きな池があるイメージのある人が多いでしょう。
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その後2012年に南口も完成し、南の池も完成します。

ちなみに航空地図の中に、はじめから線路北側に正方形の広場のようなものがありますが、実はこれは遺跡公園なのです。
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ストリートビューで見ると、道側にこんもりと低い築山のようなものが広がっていますが。
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おそらくこれが遺跡なのでしょう。
Wikipediaによると。
「見田方遺跡(みたかたいせき)は、埼玉県越谷市レイクタウン8丁目(旧大成町)にある遺跡。古墳時代後期(6世紀後半)の集落遺跡。かつて中川低地の水田地帯であった場所(JR武蔵野線越谷レイクタウン駅の北側一帯)に位置する。越谷市指定史跡。

見田方遺跡は、1966年(昭和41年)から翌年にかけて発掘調査され、古墳時代後期の竪穴建物跡が検出された。また、出土遺物には土師器や須恵器などの土器類、石器類や建物の柱や板などの用材に用いられた木製遺物、管玉や紡錘車などの装身具、日用品、それに籾や種子などの植物遺体があり、越谷の人々が住み着いた時代の証明になった。
さらに、石器石材がこの地域では採取できないものであることから、他地域との交流が想定されている。集落の広がりは約16haに及ぶものであったが、利根川、荒川(現:元荒川)等の河川に沿った微高地であるため洪水によって消滅したと考えられている。」

埼玉には古代遺跡が多く点在しますが。
やはり八潮市同様、川と川の間に挟まれた土地は、古代の頃から水はけが悪く洪水に悩まされてきたのですね。
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2010年のものを見ても特に何もなかったので、はじめから少し高台になっているだけの場所だったのでしょう。
とはいえ、これまで田んぼの中に放置されているような状態のこの遺跡が、ニュータウンの中でシンボル的な存在として生かされるのは、とても意味のあることと思います。
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そんなわけで、中川に多くのマリーナが集まっているように特に埼玉県ですから、こうした湖には欠かせない。ボート乗り場ももちろんあります。
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やっぱり元埼玉県民ですから、こうした風景はやっぱり懐かしいです。
東京の公園の池や調節池とはだいぶ雰囲気が違うんですよね。
東京のは良くも悪くも「池」という感じがするのですが、埼玉のはなんかどこか垢抜けない昭和とかバブルな雰囲気😅
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こうしたテラスやボート乗り場なんかは、諏訪湖で見慣れているせいもあるのかもしれませんが。
リゾートブームで出来た施設のデザインをそのまま持ってきているような。
そんな感じがします。
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とはいえ。
やはり元々湿地帯だったような場所ですから、まだ新しい事もあって松伏町の水辺の圧倒的な美しさにはやや負けますが、水辺の風景がよく似合います。
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そしてこの池(大相模調節池)は北側と南側があるので、それをつなぐ水路はどうなっているのか?
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やはり大雨の際には水をためる調節池なので、水路も深めに作られており、丘と丘の間にある浅い谷川のような雰囲気がありますね。
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しかも武蔵野線の鉄橋の橋脚が凄くお洒落なんですが。
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この部分だけ新しい感じがするので、水路を作って橋脚を作った後にはめ込んだ感じですかね?
線路を越えた南側の水路は北側よりはやや浅め。
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ここはよくある川沿いの遊歩道のようです。
南側の池の風景はあまり面白くないので、割愛します😅

そんなわけで次回は。もう一つの貨物専用駅、JR貨物 新座貨物ターミナル駅周辺の風景を紹介します。

このシリーズは「#埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る」でまとめています。
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