~前回㉔からのつづき~
2022年に脳神経内科の吉田先生から紹介された新たな治療法。
すっかりあきらめていたあの不思議な症状に大きな効果がありました。
耳鼻科の先生の言葉どおりに頭のボーっとする感じが軽くなっていきます。
それまでは、いつも脳内に暗幕をかけられている感覚がありました。
何をするにも重く暗い感じがしていたのです。
それらの症状が良くなると同時に、著しい低下を感じていた集中力や思考力も回復を実感しました。
気がつくと、献立に悩まなくなり洗濯機の操作ミスもなくなっています。
特に困っていたのが文章を理解できないことでした。
子どもたちが持ち帰る”学校からのお知らせ”や役所関係の書類は全く内容を理解できないでいたのです。
こんな状態が長く続いているとそれが当たり前になるのか、家族にはずいぶんと助けてもらっていました。
「保護者アンケートの紙で、書いて提出するものだよ。」
「文化祭中止のお知らせだよ。」
と、あらかじめ大まかな内容を伝えながら手渡すルールができていました。
それでも分からない時には家族に読んでもらったり、頼れない時には一文づつ何度も読んでいました。
指でたどったり、「/」や「。」をつけたり、重要と思われるところに蛍光ペンで印をつけて読む。
それでも理解できない時には、声に出して読み上げると聴覚からも助けられるのでなんとか読めていました。
ですが書類での手続きは、もっぱら夫にお願いしていました。
字は読める、単語の意味も分かる。
なのに、文章になると理解ができない。
高次脳機能障害のひとつというこれらの症状も、この耳鼻科の治療により改善していきました。
体調をくずして6年半、日常生活に困難があることが《平常》になったわたしの身体。
その困難がゆっくりと、はがれ落ちていくように感じていました。
取り戻しつつあるわたしの隣では、同時に大切な命がおわりを迎えつつありました。
我が家では娘が中学2年生のころに、小さな家族をむかえていたのです。
まだ生後2か月にもならないあの子を。
【小動物】こう記すのは胸が痛むほど、家族として過ごしてきた日々でした。
命には限りがあり、お別れのときはかならず来る。
分かっていたはずなのに…弱り旅立っていく姿を見守るのは苦しいことでした。
呼吸の異常に気がついて1ヶ月間。
全身麻酔をつかった大きな検査と二度の手術。
ちいさな体でよく頑張ってくれました。
ついに、入院先の動物病院から急変を知らせる電話が入ります。
「大きなけいれん発作が起きました。左半身にマヒが起きています。ご自宅で最期をむかえますか?」
それは2022年の大晦日、17時40分すぎのことでした。
けいれんを起こしたばかりのあの子を、この寒空の下で長距離を移動させるのも…。
悩んだ末に翌朝、家族みんなでむかえに行くことにしました。
眠れない不安な年越しとなりました。
わたしたちが到着するまで、あの子は命をつないで待っていてくれました。
旅立つ数時間まえにも、不自由になった体でご飯を食べていたあの子。
ただ、懸命に生きる。
そのことを全身で家族に教えてくれたようでした。
自宅に帰って、12時間。
大好きな家族にお礼を言うように、3回鳴き声をあげて…。
あの子は旅立っていきました。
出会ったあの日から5年以上、寄りそいながら暮らしてきました。
病気によって多くの大切なものを失ったわたしを癒して温めてくれたのです。
わたしの中であの子は3人目の我が子です。
小さくて、いつまでも赤ちゃんのように思っていました。
いつの間にか歳を取り、寿命をむかえていたのです。
もう一度あの子に会いたい…会ってあの子に触れたい、抱きしめたい。
あの子を見送ってから1年以上泣いて暮らしていました。
あの子のいない世界で、わたしに何ができるだろう。
これまでにも幾度となく経験した人生の分岐点。
無我夢中でのりこえたこと、なすすべもなくただ苦しみに耐えたこと。
その度に多くの方の助けを借りました。
人生には思いもよらないことが起きます。
いまその苦しみの只中にいる方のために、わたしの経験が役立てばうれしい。
2024年3月からはじめたココナラとの出会いも、わたしの人生の分岐点のひとつでした。
ふり返って思うのです「人生は一本道である」と。
右に左に…時には迷走もしました。
ただ人生の分岐点に立った時には、自分の意志ですすむ方角を決めてきました。
この先にどんな人生が待っているかは、まったく分かりません。
ですが、わたしは”いま、ここで生きています。”
そして、みなさまとここでお会いできて幸せです。
~終~
あとがき
このブログ「junction」は、患者さん向けの電話相談サービスにかけてくださった方から、私自身の闘病について質問をいただいたことがきっかけで書き始めました。興味を持った方が読んでくださればうれしい。そのくらいの気持ちで書き始めたのに、たくさんの方に読んでいただきました。メッセージをくださった方、お電話をくださった方、泣いてくださった方。その度に励まされて、苦手な文章を書きをすすめてこられました。ブログを書くにあたって、あらためて書きためた体調の記録を読んだり、検査結果に目を通すことになりました。つらかったあの時の記憶が鮮明によみがえり、気持ちが不安定になってしまうこともありました。書きたくても、どうしても書けない時もありました。当初、3ヶ月程度で書き終える予定が9カ月もかかってしまいました。
「junction楽しみに読んでいます。」と、ありがたい声に支えられて、やっと終了まで書くことができました。本当にありがとうございました。
今後も日常のできごとを書いたブログはのんびりと更新していきますのでよろしくお願いいたします。