junction ~わたしの人生を変えたこと⑩~

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コラム
~⑨からのつづき~

わたしの状態は一向に良くなることはなく経過しました。


数日後には医師からの説明を聞くために夫が病院に来ることになっています。


その朝の情報番組は女性フリーアナウンサーについてご主人が記者会見をするという話題でもちきりでした。


美しい容貌と品の良い立ち振る舞いが好きで、以前からわたしは彼女のファンであったのです。


なにか良くない事が起きたのではないかと心配しながら病室で記者会見を見ました。


有名人カップルと知られたのご主人の悲痛な表情と『深刻』の一言。


痛々しく、胸がつぶれるような苦しい気持ちになったことを覚えています。

わたしの方は、数日前に始まった精神科のお薬の効き具合を診てもらうために精神科の2回目の診察を受けることになっていました。


待っていたのは前回とは違う先生です。


「あ、松本さん?はじめまして、野中です。よろしくお願いします。」


目を見て優しく挨拶してくれた野中先生。


なんとなく気を許せそうな、わずかな安心感をもちました。


この病院では何を言っても伝わらない、そう心を閉ざしたはずなのに。


激しい痛み、疲労感、倦怠感、不眠。

ほかにもたくさんの不調がある…。


一向に改善しないそれらの症状をお話してみました。


「う~ん。お薬を変えてみましょうね。退院してもこちらに通院できますか?
僕も心配ですのでいらしてください。」


思いきって聞いてみました。


「あの…妄想で涙は出なくなりますか?ひどい妄想だと肺から出血することもありえますか?」


もちろん、聞かなくても答えは分かっていました。


でも、聞かずにはいられなかったのです。


「それはないですねぇ。そこは病棟の先生たちに頑張ってもらわないと困りますよね。」


その言葉は、その後に何度もくじけそうになった時の心の支えになりました。


うつ病による妄想ではありえないことがわたしに起きている


すっかり自分を見失っていたわたしには、それはとても大きな力となりました。


そして、医師の説明を聞くために夫がやって来ました。


小さな個室に通されたわたしたちのところに入ってきたのは、入院カルテを持った安西先生と研修医の先生でした。


入院してからの経過、各検査の結果などこれまでにも聞いていた内容をあらためて夫に説明していました。


「...ということですので、林先生とも相談して膠原病内科の結論は、松本さんは『うつ病による妄想』ということです。
精神科の野中先生は今後も診たいと言っていますが、膠原病内科の診察はこれで終わります。」


「血痰は、どうしたらいいですか?経過も診てもらわなくていいですか?」


「ですから、血痰は気にしないでください。経過観察もいりません。
松本さん、あなたに3つの選択肢を差し上げますので選んでください。
1、このまま精神科病棟にうつる
2、自宅に帰って野中先生の外来に来る
3、心配ならば、ご自宅近くの病院に紹介状を書くので持っていく。
どれにしますか?松本さんが選んでいいんですよ?」


そこで、夫がはじめて口を開きました。


「退院後も先生に状態を報告したいんですが、連絡先を…」


取り付く島もない先生を前にして、必死になってお願いする夫の姿が悲しかったのです。


「もういいって。もう、あきらめよう。」


夫を制止したあと、わたしは安西先生に最後のお願いをしました。


「じゃあ、近くのクリニックに紹介状をお願いします。」


すると先生は夫に向かって言いました。


「ご主人、奥さんは精神疾患をお持ちです。
これからは、ご主人の支えが必要になりますので、しっかりとサポートしてあげてください。」

その後、紹介状を受け取って退院しました。


元気になって退院することができなかったな。


こんな母親を多感な時期の子どもたちはどのように受け止めるのだろう。


夫は大きな入院荷物と弱ったわたしを両手に抱えて、自宅に連れて帰ってくれました。



結婚して17年。


出産、子育て、祖父の介護、共働き、震災で自宅の損傷・引っ越し、祖母の介護・看取り…。


これまでにも夫婦で多くの困難を乗り越えてきたつもりでいました。


でも、今回ばかりは乗り越えられる自信は少しもありません。


お互いに仕事を持ち忙しく日々を過ごしてきました。


夫婦二人でゆっくりと会話する時間もなく…。


こうして夫婦で過ごす時間ができても、わたしと夫の間で会話が弾むことはなく、重い沈黙の時が続いていました。


紹介状をもって訪ねた近くのクリニックでは、漢方薬を中心とした治療がおこなわれました。


残念ながらそれらはまったく効果がなく、痛みはさらに強さを増して症状は範囲を広げていきました。


みるみるうちに体重が落ちて、日に日に弱っていくわたしに夫は言いました。


「かよ…。(港のある地名)に引っ越そう。
ごめん、先生に言われて気付いた…。
かよの病気は俺のせいだから。治すためなら、なんでもするから。」

思いつめた顔で夫が言ったその地名は、家族で毎年のように遊びに行った思い出の観光地でした。


壊れたのは自分の体だけではなかった、家族の人生までも壊してしまった。


自分の力では、もうどうにもならない。


その頃から抑えようのない焦りと衝動性を感じて、人格までもが壊れていきました。


大学病院の精神科では、体調が良くないと言うたびに抗うつ薬が増えていきました。


いま振り返るとわたしには抗うつ薬は合っていなかったのです。


でもそこに気が付くまでに、まだしばらく時間がかかりました。


~⑪へつづく~

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