共感力とは
「自分以外の人の心を読み取り、まるで自分の様に感じる事」と
言語化出来ると思うのですが
共感力って高い方がいいと思いますか?
それとも低い方がいいと思いますか?
上の問いに回答はありませんが
先ほどココナラでプロフィールを編集していて
私の共感力の高さがアダルトチルドレン由来なのを思い出して
コラムに書く事にしました。
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親の顔色を伺って育った子どもたちの中には
共感力が高く育った人がいます。私もその中の1人です。
親に叱られない様に、先手を打って子ども時代を生きてきたので
共感力の高さはサバイバル能力の1つです。
もちろん元々の性格で共感力の高い人もいるでしょう。
皆さんの中には
人に共感してもらって嬉しく思った経験を持つ人も多いと思います。
私にもそういう経験があります。
ですので「自分も共感力が高いと人間関係がとてもうまくいく」と
考える方がいらっしゃると思うのですね。
確かにそういう部分もあるのですが
果たしてそうでしょうか?
実は共感力の高さって先ほど書いた様に
「自分以外の人の心を読み取り、まるで自分の様に感じる事」。
大人になればなるほど自分の事で精一杯なのに
自分が背負わなくてもいい他人の事まで自分の様に感じてしまう事は
とても精神的負担を感じるものなのです。
とにかく疲れるので
どこかで「ここまでが自分の事」「ここは自分の事ではない」と
境界線を引く必要があるのです。
私は境界線を引かないと身がもたないので
ナチュラルに自分の事だけ考えて生きていける人がうらやましい。
ですので、私は「共感力は高くなくていい」と思う派。
それほど共感力なんてなくても
全員が自分の事を考えればどうにかなるものです。
でも、私が最近気になるのは
昔と比べて社会が成熟した結果、
共感力を高くしないとコミュニケーションが成立しないのではと
いう場面が見られる事。
若い人と一緒に飲み会に参加すると、皆さんとても気が回るんですよね。
昔と違って全員の共感力が高いんですよ。
これじゃあ鬱患者も増えるし
昔は見逃されてきた発達障害者も生きていけないよと思うのです。
社会で生きている皆さんには
とにかく自分の境界線を見極めて無理しないでほしいと願いつつ
ドロップアウトしそうな方達には
どうか自分に合う仕事を見つけて楽しく人生を生きてほしいと願うのです。