嫌われたくない―毒親育ちの悲しい性

嫌われたくない―毒親育ちの悲しい性

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コラム
このブログでは、日々の暮らしの中で感じる不安や悩み、生きづらさとの向き合い方についてお話ししています。



「もう関わりたくない」と思っているのに、あの人のことを切れない。 
連絡を無視できない。 

「嫌われたらどうしよう」という思いが先に来てしまう。

それは、決して意志が弱いからではありません。
切れない理由が、もっと他の場所にあるのです。


■ 親の顔色を読んで育った背景

家の中に、安心できる場所がなかった。
親の機嫌を損ねないように気を遣ってきた。
空気を読んで、自分の気持ちを後回しにしてきた。

それが、生き延びるための方法だったから。

そういう環境で育つと、「相手を不快にさせること」が、無意識に生存を脅かす危険としてこころに刻まれます。


■ 今も身体に残る記憶

頭では分かっている。
この関係は自分を消耗させている。

でも身体が動かない。

「切ったら何かが壊れてしまう」という恐怖の感覚が、先にきてしまうのです。

それは過剰反応ではありません。
かつて実際に、そうしなければ守れないものがあったからです。


■ 今日から違う選択をするために

親の顔色を読み続けた過去は、変えられません。
その場所で生き抜くために身につけた反応も、すぐには消えないものです。 

「切ったら何か恐ろしいことが起きるのではないか」と感じるかもしれません。
ですが、今のあなたはもう、あの頃の無力な子どもではありません。

関係をなくしてしまえば、相手がどう思おうと、あなたの生活が脅かされるような不利益はないのです。

「切っても大丈夫なんだ」と気づいた瞬間から、すでに変化は始まっています。


■ 切れなかった日を責めない

関係を切れなかったことには、それだけの理由があります。
その理由は弱さではなく、あなたがこれまでくぐり抜けてきた、かつての環境にあるのです。

切れなかった日も、切ると決めた日も、どちらの選択も間違っていません。 
離れると決めたその判断を、自分でほめてあげてほしい。




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