(6)実は宇宙の構造はナゾだらけ:自然学
②「神の領域」に挑み続ける学者達
「目に見えない世界」「霊界」「死後の世界」も含めた広汎な「総合的宇宙論」が必要~究極の「本体論」「存在論」は「宇宙論」である。
「虚時空」では「実時空」における因果律が適用できません。「無」(全てがある状態)→「複素時空」(広義の宇宙誕生)→「実時空」(狭義の宇宙誕生)という三段階のプロセスをたどったわけですが、結果的宇宙に「時間」「空間」「物質」「エネルギー」「意識」「精神」が存在しているということは、原因的無にも原存在があったと考えられます。
よく使われるジョーク~「神が宇宙を創る前は何をしていたか?」「神はそのような質問をする人のために地獄を造っていた。」
「創造の前に何があったか?そのことを問うのは無意味である。なぜなら、神は世界と共に時間を創造したからである。言い換えれば、創造の前に時間は無かったのである。それゆえ、創造の前に何があったかを問うことは無意味なのである。」
(アウグスティヌス『告白』)
「霊界は広大無辺の生動的な異次元宇宙であるが、人類の発生以来、地上で生まれて死んだすべての人間がここに生きている。そこは、地上の世界と同様の法則によって成り立つ世界である。スウェーデンボルグは霊界全体の構造を推理する際、該博な解剖学・生理学の知識を駆使している。
霊界全体が理想的な形態をとるときには、ひとりの人間の形態になるという。それは「最大にして神的な人間」(Maximus et Divinus Homo)である(『天界と地獄』59)とスウェーデンボルグは言う。霊界における各社会は、ひとりの人間、あるいはひとつの人体のように有機的な全体の一部であり、バラバラな部分ではなく、全体にとって不可欠な部分なのである。
霊界は、人間の心が成層的な構造を有するように、やはり成層的な構造をしている。死後の世界は、人間の宗教的・道徳的性格(愛や信仰、また善や悪)を縦軸とし、個性や好みを横軸として幾層にも住み分けられている。」
(高橋和夫『スウェーデンボルグの思想』)
「それでは、神と宇宙、あるいは神と被造世界との関係はどうなっているのであろうか。
前述したように、神の本質は無限の愛である。それゆえ宇宙の万物は神の愛の対象として、神の知恵を通して創造された、とスウェーデンボルグは言う。愛とは、自分の外にいる他者を愛し、他者と一つになることを欲し、他者を幸福にしようと願いことである。そして、愛の自己投影的で自己表象的な機能が知恵であり、知恵の中に愛は自己実現へと向かう自己自身を見るのである。
神的な知恵とは、神的な愛の活動そのものである。本質的に見れば、宇宙とは、知恵という自己表象・自己実現活動をしている、無限の愛そのものなのである。
霊界に自由に参入するようになってから、スウェーデンボルグは、自然を超えたインナースペースとでも言うべき領域の実在を確信し、科学的時期とは違う視座から宇宙を見るようになった。
宇宙はいわば三重構造になっている。宇宙の中心には神的存在と神的生命がある。その周辺部には、神的なものと「照応」しているが、より低次の存在である霊界があり、霊界の周辺、すなわち宇宙の最外部に、霊界に照応する自然界がある。「不連続な階層」によって結びつくこの三重になった宇宙は、無限の愛に由来する自己表象的な機能によって、一つのものとして活動している。
この宇宙を生気づけるのは、中心の無限の愛である。それゆえ、その宇宙を形づくっている自然とは、神的で霊的なものの表象と映像であり、神的なものが霊的なものを通して生み出し、かつ不断に生気づけているものである。この意味で自然とは、デカルト以来の、精神が分断された機械論的な物体的自然ではなく、生気に満ちた神々しいものである。」
(高橋和夫『スウェーデンボルグの思想』)
【参考文献】
『異貌の科学者』(小山慶太、丸善ライブラリー)
『ノーベル賞の100年 自然科学三賞でたどる科学史』(馬場錬成、中公新書)
『新しい科学論 「事実」は理論を倒せるか』(村上陽一郎、講談社BLUE BACKS)
『宇宙論の危機 新しい観測事実に揺れる現代宇宙論の最前線』(マイケル・D・ルモニック、講談社BLUE BACKS)
『宇宙を測る 宇宙の果てに挑んだ天才たち』(キティー・ファーガソン、講談社BLUE BACKS)
『よくわかる宇宙論の迷走と過ち ビッグバン理論は間違っていた』(コンノケンイチ、徳間書店)
『超ミクロの空間は<意志>に満ちた<霊界の宇宙>だった 死後の世界を突き止めた量子力学』(コンノケンイチ、徳間書店)
『スウェーデンボルグの思想』(高橋和夫、講談社現代新書)