愛情を受け取る

記事
コラム
幼い頃にうまく受け取れなった「愛」というものは、本当にその後の人生を大きく変えてしまうものです。愛情が無ければきっと今まで生きて来られてはいない。それは大前提としてあるのですが、忘れることの出来ない苦い経験を繰り返してしまったり、元々持っていたトラウマのようなものに上書きしていくように、自ら苦しい選択を続けてしまうことがあります。

幼い頃には主に両親や兄弟の繋がりの中で育っています。もちろん事情があって離れていることもあるでしょう。わたしを例にしてお話しをさせていただくと、一見したら何の不自由もない暮らしをしておりました。活発な性格で、いつも動き回る毎日。ただ、どこかでプレッシャーや疎外感は感じていたのだなと、今振り返ると思うところがあります。

何となく自分は違う。友達と一緒に居ても孤独感のようなものは感じていたように思います。それが当時はまだ意識出来ていないのですが。

一気にひずみが出てしまったのが高校受験の時でした。とにかく勉強だけに集中し始めてからというもの、高校に進学してからはもう毎日戦っているような感覚です。とにかく楽しむことが出来なかった。部活にも入ってはおりましたが、練習することもあまり好きではなく、あっという間に続かなくなり…。

気づいた時にはもう遅かったのです。高校1年生の終わりから、2年生にあげるまでの間に、わたしの体はどんどん痩せて行きました。『摂食障害』の始まりです。2年生に上がる前にはほとんど食べ物を受け付けなくなっていました。初めは『拒食症』でした。2年生の夏が来る前に、もう命の危険もあって入院。それから2年半の間、わたしは入退院を繰り返しておりました。

『拒食症』から『過食症』へ変わるのはあっという間。しかし何も食べないという選択をしてからは、ただひたすら時間が過ぎていくのを待っていた。生きていきたくなくて、人生を終わりにしたかったのです。もう勉強も出来なくなったわたしの居場所なんてない。その時はそう感じていました。家にも戻れないし、学校に行っても教室には入れません。いつも遅れて登校しては保健室にいて先生と過ごす毎日を送っていた。

「何が一番辛かったか??」当時のわたしに聞けるとしたら、なんと答えるでしょう…。とにかく家に帰りたかった。わたしを受け入れて欲しかった。寂しかった。抱きしめて欲しかった。体温を感じることが無かったんですよね。心の繋がりも持てていなかったですし、「人間としてのぬくもり」を、当時は両親から感じたかった。

そのくらい「愛」というものに固執していたと思います。今でも大切です。それが無かったら生きてはいけないから。体を維持するだけではないですよね。

『過食症』に移行してからの経験もたくさんありますが、まずは根っこにあるこの「愛情」というものがどれだけわたしたち人間にとって大切なのか??
それを考えます。決して両親からだけではありません。生きていくうちにたくさんの方々に支えられています。だから今でもわたしは健康な体で生活することが出来ています。どれだけの感謝を伝えても伝えきれないでしょう。

それでも今、苦しみの中に居ればそんなことは言っていられません。後から分かることもたくさんあるからです。今はどうしたらいいのか分からない。そんな中にいらっしゃる方もいることでしょう。

摂食障害で苦しんでいる方々、わたしは運も良かったのか?早いうちにその症状は消えていきましたが、辛いことは分かります。根本にある問題は、あらゆる精神的なひずみ対して同じだとわたしは考えております。
もしそんな温かい繋がりを持つことが出来たのならば、本当に生きることが優しくなる。簡単になるわけではありませんが、負担が少なくなります。

これからもこのような形で経験談を交えてお話し出来ればと思っておりますので、ご興味を持っていただけましたら是非お読みいただければと思います。

今回は少しいつもとは違った内容ではありましたが、心が疲れてダウンしてしまう方の多くに当てはまる大切なことだと思っております。
「愛情」はどんな人からも受け取ることが出来ます。それで回復していける。

本日もお読みいただきありがとうございます。
また次回からもよろしくお願いいたします🍀🍀

いつもありがとうございます🌹



サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す