その時得られなかった感情の行方

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こんにちは!
お久しぶりです^^

今回も自分の中で大きな気づきがあったので共有いたします♪

過去の自分を認めるという話に繋がっているので、気になった方はぜひ読んでください。

最近彼氏ができまして、その彼氏の実家がすごく仲が良いそうなんです。
話を聞いていても、彼氏の気持ちの大きさ的にも、「あぁ多分この人は、安心できる環境で育ってるんだな」「たくさん家族とコミュニケーションを取ってきたんだな」と感じることが多々ありました。

その反面私の実家は(初めての方向け)今でこそ大きな問題はありませんが、母が精神的に参っていたり、両親が仲悪かったり、一人っ子ということもあり
大人の中にいたため自分が思う様にコミュニケーションをとっていなかったと思っています。

そんな中、少し羨ましいという気持ちでいつも通り彼氏の家族の話をよく聞いていた時期に彼氏の実家に挨拶しに行く〜みたいな話が出たんですよね。

彼氏との関係を進める上で、嬉しさもあり緊張もありました。
でも一番大きかったのは恐怖だったんです。

それは彼氏との関係どうこうよりも、多分彼氏の実家に行ったら泣いてしまいそうだと思ったからです。
泣いてしまって、感情が抑えられなくなりそうだなあ、こわいなあという気持ちでした。

これを正直に話した時に、元々私の過去の家庭環境のことは話してたので
彼氏からは「多分得られなかった家族像だからじゃないかな」と言われました。
私もそれは思っていことです。
自分が欲しかったものが目の前に映し出される、そしてそれを得た彼氏がいる。
私にとっては羨ましさで心をえぐられるような感覚なんですよ。

でも確かにこの感覚もあるんですが、いっちばん大きいものは違う様な気がしました。

掘り下げてみたら、2つ大きな気持ちがありました。
1つは、「自分が得たかった家族を見ることで、自分はやっぱり理想の家族を過去、得られなかったんだ」と認めることの恐怖
もう1つは、「得られなかった気持ちを、今満たそうとすることで過去の自分の否定することと、きっと今は満たされることがないと知っている」恐怖
でした。

1つ目は単純に、小さい頃欲しかった家庭環境や言葉、行動を得られなかった。得られる人がいるのに、「私は」得られなかったと認めることが怖かったんです。他の人と違うという孤独感ですね。

もう1つが自分的に新たに発見した気持ちでした。
あの時の私が欲しかったのはあの時の母と父からであり、今ではない。
今それを満たそうと働きかけてもなんか違う。
だってあの時の私が欲しかったものだから。

だけどやっぱり欲しかったという気持ち。
多分今の私が過去の不足感を抱いていた自分をどうにかしてあげたいあまりに
得ようした行動や考えが、結局は過去の自分を否定してしまうものだったんだなと思いました。

そう気づいたら、もういいよっていう感情が湧いてきたんです!
不思議なんですが、子供の頃の自分に「もういいから、無理に不足感を埋めようとしないで。否定されてるみたいで苦しい」と言われた気がしたんです。
その時なんだか軽くなって涙が出てきました。
もう何もしなくていいんだという安堵と(自分自身に)否定されていたことへの悲しみの涙でした。

過去の私は過去の私で。
欲しかったものを得られなかったのも事実だし、それを得て自分より幸せな(個人的な尺度あり)家庭で育った人もいるのも事実。
育った環境が違えば今できることが違うのも事実。
そして過去欲しかったものは今埋めることができないことも事実。
過去かわいそうで惨めな自分がいたのも事実。

どこかでそんなんじゃない!と認めたくない自分がいました。

でももう全て事実として認めようと思いました。
そうすることで今まで自分はあんな環境で育ったからこんなコミュニケーションできない、自分を出せない、あれができないこれができない。
全て過去の自分を言い訳にしてきました。
本当に言い訳に過ぎなくて、過去なんて関係ないんですよね。

過去を認めようと思ったことで、自分ができないことへの考え方が前向きになりました。
じゃあできる様にするには今どうする?というように。

結構感じるのきつかったです・・・😅
また完全に事実として受け入れられたわけじゃないですが
比重としては受け入れ態勢も整ってきて半分は認められたかなと思っています。

拙い文章でしたが、少しでもどなたかの気づきになれば嬉しいです^^

ありがとうございました🍀💕





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