『でも。。。』は、生きる為の言葉

記事
コラム
理容師を19年と約11ヶ月。

その内、
2年間は実家のお店を離れ
 5か所、修業回り
 しておりました。

技術は、基本以降の派生
(種類)があります。

それが欲しくて5か所
 修業回りしていました。

その1か所は人の扱いが
 とても酷い所でした。

上は、見て見ぬふり。
 そこで働く従業員3人に
毎日殴られていました。

特に頭を殴られて、
 殴られすぎて、めまいを
起こしかけた事もありました。

それでも
抵抗しませんでした。
 怖くて。。。
という理由ではありません。

師匠(父親)に
 修業先を報告する度、

「業界は狭い。
  理不尽な事があっても
   我慢して穏便に済ませろ。」

跡取りとして、師匠(父親)
 の言葉は絶対でした。

だから、
私の【課題】として
 守らなければいけない。

そのように感じていたんです。

3人の内1人に
 首を絞められました。

理由は、
「暇で、お前と目が合ったから」

絞められて驚きましたが
 抵抗しませんでした。

師匠(父親)の言葉が
 よぎったからです。

意識が遠のく中で、
 。。。まぁ、いっか。
これが私の力量なのかな。

でも!
私は生きたい。そうだ。
 やる事.沢山あるじゃん。

気付いたら、
 足先を目一杯踏んで、
相手の顔面を突き飛ばしていました。

その後、
「もう習う事がありませんので
  辞めさせて頂きます。」

 そうお伝えてして辞めました。

師匠(父親)にも
 辞めた経緯をお伝えましたが、
「そうか。」とだけ。
 (師匠(父親)らしいと想います。)

付き合い方が深ければ
 言葉の意味が深くなります。

時に強い言葉となり、
 人を縛りますが、

発した本人にとっては
 「おはよう」レベルぐらいです。

現在、理容師から離れて1年。
 久しぶりにハサミを取り、
友人の髪を切りました。

切り終えて
 当日のことを思い出しました。

身体が憶えてて、
 現役力量より少し落ちているけど
商品として出せる
 出来栄えでした。

でも!と、
叫んだからこそ、今があります。
叫んでよかった。

今の私は、その様に感じています。



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