【守護霊との対話】とある「奥女中」の視点:幸福について

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わたしたちを見守る「守護霊」は一体、どのような視点で物事を見つめているのか?

今回は『幸福』をテーマに、とある「奥女中」のスピリットにお話をうかがってみました。

◯ お話を聴かせてくださった守護霊

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江戸初期ごろの大奥を生き抜いた、とある女人。

Q:「幸福」というものをどのように捉えているのか?

「幸福」という言葉は、まるで鵺(ぬえ)のようなものにございますな。

誰がどの部分を見るかによって、こうだ、いいやこうだと姿形を変えるように、まるで実態のない妖のようにございませぬか。

わたくしどもの世にもまた、数多の「幸福」がございました。

貧しき者には、小さき幸せが。

富める者には、相応の幸せがあったように思います。

しかしながら、人は往々にして、自分よりも富める者たちが享受する幸せの形を、己が理想とするところがあるようにございます。

が、それは果たして真に「幸福」と呼べるものかと問われれば、些か怪しきもの。

なぜなら、富める者には相応の不幸が付きまとっているものにございますれば、これはまた、貧しき者たちも同様。

誰一人として「幸不幸」の「幸」だけを享受している者など、どこにもおりますまい。

みな必ず、そのどちらも享受しているものにございましょう。

しからば、幸福とは一体 何のことを指し示すのか、皆目 見当がつかぬのです。

そして、見当もつかぬものを求めたとて見つかるはずもない。

全ては当人の心の映し出し。

貧しき心を持つ者がいかに財を手に入れたとて、心は貧しきまま。

富める者とてそれは同じにございましょう。

わたくしとて、財には困らぬ暮らしをしておりましたものの、その心が冬の風情を感じておったときもございました。

遠い昔の記憶にございますが。

Q:ではどうすれば、人は「幸福」たり得るのか?

そのようなことは、考えてもせんなきこと。

いかほどの財があれば心が満たされるのかなど、考えたところで、心が満たされることはありませぬ。

全てはひとときの夢まぼろし。

目に見える財にばかり現(うつつ)を抜かしたところで、心の晴れ間は見つかりますまい。

ではどうすべきかと、あなたがたは問うでしょうが、その顛末を知ることになるのは、まさしく現世を旅立つその時にございます。

己の一生がいかなるものだったのかと、事細かにまざまざと見せつけられるのです。

その時はじめて、人は己の一生がどれほどのもので、どれほど満たされ、どれほど後悔を抱いているのかを思い知る。

答えにはなっておりませぬか?

しかし、これがあの世の実相なれば、この限りある現世の縁(よすが)を十二分に味わい、噛みしめることにございます。

・・・

今回の守護霊はこういった見解でしたが、全く同じ質問でも、守護霊が異なれば当然、異なる見解になるのが非常に興味深いところ↓


そして、今回の守護霊からのメッセージで興味深いところは、いわゆる「アカシックレコード」の存在を示唆している部分でしょうね。

これまでに蒔いた「良い種=良い行い」も「悪い種=悪い行い」も全て、このアカシックレコードに刻まれ、私たちはあの世でその全てを見せつけられ、反省をしながら、浄化向上に努めることになる。

ちなみに、このアカシックレコードには、あなたの前世も全て記録されていて、実はここに、あなたの守護霊団たちの記録もまた、残されているのです(連綿と引き継がれて、今世のあなたがいる)

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ところで…

◯ 守護霊が照らす “人生の突破口”

私たちが生きている限り、数多くの「問題」に出くわすことが、やはりあります。

しかしこのとき、多くの人が「悩んで」しまうのは、往々にして〝視野の狭さ〟から来るもの。

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そういった意味でも、守護霊が普段〝どのような視点で〟ものごとを捉えているのかを知ることは間接的に、あなたにとって〝思いもよらぬヒント〟になることもあるわけです。

さらに、自分の守護霊を知るということは、あなたが今後の人生を生き抜いていく上で、

「天は見てござる」

といった具合で、心強い〝後ろ盾〟を実感すると共に、一種の〝腹括り〟にもなるのではないかと。

というわけで近日、新しい試みを発表いたしますので、是非フォローして楽しみにお待ちくださいませ。

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