「わたしの守護霊って、どんな人なんだろう?」
本記事では『守護霊の肖像=スピリチュアルポートレート』の《実例》をご紹介しております。
◯ あなたを見守る守護霊の肖像
人霊ではなく、泉の精(ウンディーネ)のような姿で可視化される自然霊(*)が、あなたのことを見守っておられます。
* 自然霊は肉体をもって生まれたことがないスピリットなので、あくまでも可視化される姿の話(特定の「泉の精」というわけではありません)
◯ あなたの守護霊は、人間という存在をどのように捉えているのか?
わたくしどもからみて、この方 然り、非常に相矛盾した思惑に支配されておられますね。
たとえば「もうこれ以上、苦しい思いはしたくない」と言葉ではいいながら、みずから渦中に飛び込もうとしたり、
思惑の荊(いばら)に身を絡め取られているにもかかわらず、最初から抜け出すことを諦めようとなさっていたり。
つまり、思っていることと行動とに大きな隔たりがあるのです。
しかし、わたしどもは常々、こういった方々を目の当たりにして思うのです。
そもそも、ご自身が思っていることと、実際に思っていることとが、全くもって矛盾しておられるのではないかと。
本当に思ってもいないことを行動に移すことは叶いません。
要するに、口から紡ぎ出される言葉に思惑が伴っていない。
だから行動も伴わない。
この本当は矛盾していない矛盾に無自覚であることこそが、人々を悩ませ、苦しみの只中にいつまでも留まらせる要因なのでしょう。
本当に求めたものしか、手に入らないのだということを、人々はもっと思い知るべきなのではありませんか。
◯ あなたの守護霊は、現世をどのように見つめているのか?
実に相矛盾した、不可思議な世であると思っております。
幸せを追い求めているはずが、多くの方はその真逆、不幸の鳴る方へと歩みを進めておられる。
しかしこれも、とどのつまり、ご自分にとっての「幸福」というものがなんたるかを知らぬところから、端を発しているのでしょう。
つまるところ、幸不幸の区別がついていないまま〝幸福な道〟を目指そうとひた進んでおられる。
これほど不可思議なことが、他にあるでしょうか。
わたしどもには肉体がないゆえ、病や美醜に悩まされるといったことが、てんで理解できないことがあります。
肉体などというものは、いずれ滅びるもの。
執着をしたとて、どうにもなりません。
であるならば、本当の「幸福」を手に入れようと願うのであれば、形なきものにこそ「真実の幸福」というものが姿をひそめている。
このことに気づかれてもいいものなのですが。
まことに不思議でなりません。
以上、守護霊の肖像の実例でした。
当方が提供する『スピリチュアルポートレート』では、あなたの守護霊の肖像に加えて、
- - -
◯ 人霊の場合
① 守護霊は、守護霊 自身の生涯をどのように捉えているのか?
② 守護霊は、現世をどのように見つめているのか?
◯ 自然霊の場合
① 守護霊は、人間という存在をどのように捉えているのか?
② 守護霊は、現世をどのように見つめているのか?
- - -
これらの霊訓を賜ることで、あなたの守護霊が〝どのような価値観〟で、守護に携わっているのか?
より俯瞰した「新たな視点」をうかがい知ることができます。
というのも、私たちが生きている限り、数多くの「問題」に出くわすことがやはりあります。
しかしこのとき、多くの人が「悩んで」しまうのは、往々にして〝視野の狭さ〟から来るもの。
そういった意味でも、守護霊が普段〝どのような視点で〟ものごとを捉えているのかを知ることは間接的に、あなたにとって〝思いもよらぬヒント〟になることもあるわけです。
直接的なアドバイスだとかえって、あまりにも正論すぎて、受け止めきれないこともあるでしょうからね。
さらに、自分の守護霊を知るということは、あなたが今後の人生を生き抜いていく上で、
「天は見てござる」
といった具合で、心強い〝後ろ盾〟を実感すると共に、一種の〝腹括り〟にもなるのではないかと。
なお「守護霊の肖像」は、当方の「霊視/霊聴」によって得られた情報をもとに、時代考証にできる限り忠実に「文明の利器=人工知能」を使ってビジュアル化したものとなります。
* 手書きの「似顔絵」ではありませんので、ご注意ください。
さて、あなたを見守る守護霊はどんなご尊顔なのか?
そして、どんな価値観/思想を持っていらっしゃるのか?
気になりませんか?