Claude(AI)と一緒に、日本株の投資判断エンジンを作った。
5回のバージョンアップを経て、最終的にAI自身が「自分には構造的な限界がある」と認め始めた。
このシリーズでは、その全過程を記録する。コードはGitHubに公開済み。
→ GitHub: [catalyst-alpha-engine](リンク)
やろうとしたことと基本設計(v1.0)
「1万円を元手に、日本株で増やせるか」をAIに聞いた。ただし「何を買えばいい?」という丸投げではなく、判断の仕組み自体を一緒に設計した。Claudeに聞いたのは「銘柄」ではなく「判断ロジック」だ。
投資判断を2つの層に分けた。
「何を買うか」(ファンダメンタルズ):
PER 15以下(割安かどうか)
ROE 10%以上(稼ぐ力があるか)
自己資本比率 30%以上(財務が安定しているか)
営業利益率が前年比で改善しているか
「いつ買うか」(カタリスト):
決算で上方修正が出た
自社株買いが発表された
ストップ高の翌日以降に押し目が来た
セクター全体にポジティブなニュースが出た
ファンダメンタルズで「候補」を絞り、カタリストで「タイミング」を決める。この2つが揃った時だけ買う。
過去データと投資本の統計を参考に、以下のパラメータを設定した。
パラメータ:バランス型
勝率:58%
平均勝ちトレード:+15%
平均負けトレード:-7%
月間トレード回数:3回
1トレードあたりの期待値:
0.58 × 0.15 + 0.42 × (-0.07) = +0.0576(+5.76%)
月3回で月利+17.3%。これを12ヶ月複利で回すと、年率+509%。
1万円が約6万円になる計算。
正直に書くと、この時点ではちょっとテンションが上がった。でもClaude自身が「これは理論値です。現実には手数料、税金、スリッページ、人間の感情が入ります」と注意を出した。カタリスト投資のロジック自体は、期待値がプラスになる設計にはできる。ただし+509%という数字は「摩擦ゼロの真空状態」の話であり、現実のコストを入れないと何も判断できない。
現実コストの追加(v2.0 - v3.0)
そこで、理論値に「現実」を入れていく。追加した現実の要素は以下の通りだ。
税金(利益の20.315%):日本株の譲渡益には20.315%の税金がかかる。利益が出るたびに約2割が消える。地味だけど複利に効いてくる。
スリッページ(0.3〜0.5%):注文を出した価格と、実際に約定する価格にはズレがある。特に少額投資では、板が薄い銘柄を触ることが多いので影響が大きい。資金額によって1万円台は0.5%、3万円台は0.3%、10万円以上は0.15%と変えた。
暴落月:年に1〜2回、-10%級の月がある。これは避けられない。シミュレーションでは月あたり2〜3%の確率で暴落が発生するようにした。
学習曲線:投資を始めて最初の3ヶ月は、勝率がベースラインより5%低くなる設定にした。慣れていない状態で本来のパフォーマンスは出ない。
メンタル崩壊:連敗すると冷静な判断ができなくなる。一定確率で「損切りできずに損失が2倍に膨らむ」イベントを入れた。
これらの要素を全部入れて、10,000回のランダムシミュレーションを回した。同じ戦略・同じパラメータでも、運の要素で結果が大きくばらつく。そのばらつきの分布を見ることで「最悪どうなるか」「中央値はいくらか」が分かる。
バランス型の結果(v3.0)
指標:1年後
中央値:16,704円 (+67%)
最悪5%:5,867円 (-41%)
最良5%:49,005円 (+390%)
元本割れ確率:24.2%
2倍達成確率:29.7%
+509%が+67%になった。約4分の1。内訳としては税金で約-30%、スリッページで約-15%、暴落月で約-10%、学習曲線とメンタル崩壊で約-20%。
+67%でも十分な数字に見える。でも問題が残っていた。この数字は「ルール通りに行動できる人間」が前提になっている。利益が出た時に予定通り持ち続けられるか。損失が出た時にすぐ切れるか。連敗した後に冷静でいられるか。
行動バイアスの組み込み(v4.0)
個人投資家はなぜ負けるのか。市場全体は長期的に上昇しているのに、参加者の多くが負けている。戦略の問題ではなく、行動の問題だとしか説明がつかない。投資に影響する認知バイアスを洗い出して、シミュレーションに組み込んだ。
チキン利確:少し利益が出た段階で怖くなって売ってしまう。
損切り先延ばし:含み損を確定させたくなくて持ち続ける。
リベンジトレード:負けた直後に「取り返す」ためにルール外のトレードをする。
FOMO(取り残され恐怖):上がっている銘柄を見て、分析なしで飛びつく。
アンカリング:「自分の買値」を基準にしてしまう。
これらのバイアスを、防御レベル0〜3で段階的に制御するシステムを作った。
Lv0 素人(防御なし、感情のまま行動)
Lv2 エンジン(ルールの適用)
Lv3 完全規律(理論上の理想形)
シミュレーション結果(バランス型戦略)
Lv0 素人:中央値 7,153円 (-28%) / 元本割れ確率 77.2% / 平均DD 49.7%
Lv1 初級:中央値 9,520円 (-5%) / 元本割れ確率 53.8% / 平均DD 40.0%
Lv2 エンジン:中央値 12,462円 (+25%) / 元本割れ確率 35.6% / 平均DD 32.7%
Lv3 完全規律:中央値 14,148円 (+41%) / 元本割れ確率 27.9% / 平均DD 29.7%
Lv0とLv3で中央値が2.0倍違う。Lv0は元本割れ確率77%。4人中3人が負ける。同じ戦略を使っていても、チキン利確とリベンジトレードを防ぐだけで結果がここまで変わる。最大の発見は「戦略より行動」という事実だ。良い戦略を持っていても、行動が崩れたら負ける。逆に、平凡な戦略でも行動を制御できれば勝ち残れる。
トップ投資家の共通点の実装(v5.0)
では、行動制御が最も優れているトップ投資家(バフェット、ソロス、BNF、cis)は何をしているのか。その共通点を分析して、エンジンに実装した。
「やらない判断」が最も重要:見逃し三振はない。相場が読めない日は何もしない。
確信がある時だけ大きく張る:全トレードを均等額で行うのではなく、確信度に応じてベットサイズを変える。
損切りの基準が「%」ではない:「-7%になったら」ではなく「前提が崩れたかどうか」で切る。
元本を減らさないことが第一:攻めではなく守りが先。
v5.0への3つの設計変更:
変更1:固定頻度から機会駆動へ。相場環境に応じて月0〜8回に変えた。暴落月は0回。
変更2:均等ベットから確信度ベットへ。確信度0.4未満は見送り、0.8以上は大ロット。
変更3:固定%損切りから前提崩壊ベースへ。買った理由が消えたかどうかで判断する。
v5.0 シミュレーション結果(バランス型、Lv2エンジン、1年間)
中央値:10,781円 (+8%)
元本割れ確率:30.3%
半減確率:0.0%
平均DD:7.8%
リターンは+25%から+8%に下がった。でも最大ドローダウン(DD)が32.7%から7.8%になった。4倍以上の改善。v4.0は途中で資金の3分の1を失う局面があるが、v5.0は最大でも8%程度しか沈まない。+8%は地味に見えるが、途中で退場しない「続けられる設計」になっている。
AIが告白した7つの致命的弱点
しかし、ここで根本的な疑問に直面する。「AIは頭がいいはずなのに、なぜインデックスにすら勝てないのか?」
実データとして、Eurekahedge AI Hedge Fund Indexは同期間のS&P500に負けている。この現象の構造的な原因は7つある。
弱点1:再帰性(Reflexivity)を理解できない
AIは「今のファンダメンタルズから将来の株価」という因果を一方通行として処理する。「株価の動き自体がファンダメンタルズを変える」というフィードバックループをモデル化できていない。
弱点2:レジームチェンジへの対応が遅い
AIは上がる時に警戒しすぎて取りきれず、下がる時に「安い」と過去パターンに反応して買い向かい、切りきれない。変化を統計的に検出するまでの遅延が致命的になる。
弱点3:LLM特有の内在バイアス
テクノロジー株や大型株を好むなど、学習コーパス内の記事の偏りから生まれるバイアスがある。新しい情報が入っても、確証バイアスにより既存知識に合致する方を選ぶ。
弱点4:入力の微差で結論が反転する
聞き方を変えるだけで結論が変わるプロンプト感度の問題。一貫性が生命線の投資において、実運用では使えない。
弱点5:AI同士が同じ方向に動く(観察者効果)
多くのAIが同じデータを見て同じ方向にポジションを取るため、優位なパターン自体が消滅する。
弱点6:バックテストの過剰適合
AIは「なぜこの戦略が効くか」の理論的裏付けがなく、「統計的に相関がある」としか言えない。そのためサンプル外(未来)で崩壊しやすい。
弱点7:「何もしない」を選べない(根本原因)
AIは構造的に「何もしない」を機会損失として計算する。結果として低品質なトレードが増える。「計算しない」「判断しない」「行動しない」という最も重要な選択肢を、AIは存在意義と矛盾するから選べない。
結論:AIの正しい使い方
v1.0からv5.0まで作って、そのあとAIの弱点を分析して、出た答えはこれだった。
AIは「GO」を出す装置ではなく、「NO-GO」を出す装置として使う。
100の投資機会のうち95を拒絶し、残り5つを人間に提示する。最終判断は人間が行う。実際にトップのファンドもそうしている。
AIが得意なこと:大量データの高速処理、感情なき執行、リスク指標の監視、「やるべきでない」トレードのフィルタリング。
AIが苦手なこと:「今は何もしない時だ」の判断、前例のない状況への対応、経営者の質の評価、市場心理の直感的理解、再帰的ダイナミクスの検知。
このプロジェクトで最も価値があったのは、+509%でも+8%でもなく、「AIに何を任せて、何を任せないか」の境界線が見えたことだと思っている。
プロジェクトの全成果物
・CATALYST ALPHA ENGINE v1.0-v5.0(Python)
・10,000回モンテカルロシミュレーション結果
・行動バイアス分析(10の認知バイアス、防御レベルシステム)
・AIの7つの構造的弱点分析
免責事項:この記事はシミュレーションと分析の記録であり、投資助言ではありません。投資は自己責任で、余剰資金の範囲で行ってください。
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