※ここで語っているのは、あくまで表層のイメージです。
有料版では、もう一段深いレイヤーから、 構造として扱っています。
これは、ブログ用の描きおろしです。有料版とは内容が異なります。
世界は泡の群れでできている
――異世界と次元の境界についての小話――
私たちが「世界」と呼んでいるものは、 ひとつの巨大な塊ではなく、 無数の泡が漂う海のようなものかもしれない。
ひとつひとつの泡には、 その世界が選び続けてきた 歴史や因果や選択が、ぎゅっと詰まっている。
泡の表面にある膜。 それが、その世界を世界たらしめている “境界”だ。
けれど、海には泡がひとつだけではない。 すぐ隣には、 こちらの世界では選ばれなかった未来、 別の選択が積み重なった歴史を持つ泡が、 静かに浮かんでいる。
つまり―― 異世界とは、遠い場所にあるものではない。
それは、 「隣にある別の可能性」だ。
泡同士は、普段は離れている。 境界は厚く、互いに干渉することはない。
けれど、ときどき。 ほんの偶然のように、 泡が近づき、 膜が薄くなり、 境界が曖昧になる瞬間がある。
そのとき、 泡と泡のあいだに “通路”のようなものが生まれる。
神話なら、「門が開いた」と語るだろう。 SFなら、「次元干渉」と呼ぶかもしれない。
けれど本質は同じだ。 世界と世界の境界が揺らぎ、 別の可能性が、こちら側に触れただけ。
そして、 その揺らぎがいくつも重なったとき、 “召喚”のような現象が起きる。
それは力でも、奇跡でもない。 ただ、 泡同士の“重なり”が生んだ出来事だ。
異世界は、遠くにあるのではない。 いつも、すぐ隣に漂っている。
ただ、境界が厚いから見えないだけ。
世界は、泡の群れ。 私たちは、そのひとつの泡の中で生きている。
そして―― 別の泡は、今日も静かに、 すぐ隣で揺れている。