次の日、僕は少し早く登校した。
なんとなく――あの子に「ありがとう」を伝えたくて。
だけど、教室に彼女の姿はなかった。
机の上には、一枚の紙だけが置かれていた。
「体調不良のため欠席します」
それだけの、淡々とした文字。
昨日の雨が嘘みたいに晴れた空を、
僕はただ、ぼんやりと眺めていた。
放課後。
下駄箱の前で、僕は立ち止まった。
あの日、彼女が残した言葉。
「……手紙、書けたら返して」
――どうして、あんなことを言ったんだろう。
そう思った瞬間だった。
下駄箱の脇、小さな掲示板の影に、
折りたたまれた白い紙が落ちているのに気づいた。
何気なく拾うと、宛名が書かれていた。
「山本 拓(やまもと たく) くんへ」
――僕の名前だった。
手紙はごく短く、たった三行だけ。
『昨日、助けてくれてありがとう。
本当は、ずっと雨が嫌いでした。
でも今日は、少しだけ好きになれそうです。』
差出人の名前はなかった。
だけど、わかった。
きっと、あの子だ。
その日。
僕は初めて、手紙を書くために机に向かった。
『傘、ありがとう。
本当は、僕も雨が苦手だった。
“傘を貸してください” って、
あの日、言えたらよかったのにな。』
書き終えた便箋を、制服の内ポケットに忍ばせた。
出すつもりは、まだなかった。
でも、いつか渡そうと思った。
――「雨の日を、好きになった日」として。
心が濡れていたのは、雨のせいじゃない。
傘を差せなかった、自分のせいだ。