夜に読む、恋の記憶 第1話
彼と最後に会った日は朝から雨が降っていました。駅までの帰り道、彼は何も言わずに傘を私の方へ傾けてくれました。彼の右肩だけが、少し濡れていた。「そっち、濡れてるよ」そう言うと、「大丈夫」彼はいつものように笑いました。その笑顔を見て、まだこの人の隣にいてもいいような気がしてしまったんです。でも駅に着くと、彼は改札の前で立ち止まりました。「じゃあ、また」いつもと同じ言葉でした。私も、いつもと同じように、「うん、またね」そう答えました。本当は、聞きたかった。次はいつ会えるの?今日、何か言いたいことは、なかった?それだけ、聞けなかった。彼が振り返らずに歩いていくのを、私は改札の向こうから見ていました。スマホが鳴ったのは、家に着いて少したってからでした。「傘、そっちにあるよね」その一言だけ。彼の傘は、私の手元に残っていました。返さなきゃ。そう思いながら、会う約束をする理由ができたことに、少しだけ安心しました。でも、その傘を返す日は来ませんでした。連絡は少しずつ減って、いつの間にか、なくなりました。玄関に置いたままの黒い傘を見るたび、何度も思います。返したかったのは、本当に傘だけだったのかな。言えなかった寂しさも。聞けなかった言葉も。「またね」を信じていた自分も。全部、あの日の雨の中に置いてきてしまった。それでも長い間、その傘を捨てられませんでした。彼を待っていたわけではありません。ただ、あの恋が終わったと認めるのが、少しだけ怖かった。あの日の「またね」は、結局、最後の言葉になりました。心葉(ここは)♡ *これからもココナラブログで、心に残っている恋の記憶(連載10話)を、少しずつ綴って
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