放課後の教室に、夕日が差し込んでいた。
ほとんどの生徒は帰り、静けさだけが残っている。
その机の上に、一冊のノートが開かれたまま置かれていた。
なぜか気になって、僕はそっと近づいた。
ページを覗き込むと、文字が途中で途切れている。
まるで書きかけの思いを残したまま、
持ち主が急いで席を立ったようだった。
そこに並んでいたのは、授業のノートではなく詩のような言葉たちだった。
「自分には何もないと思ってた
でも声にならない言葉が
胸の奥でずっと歌ってる」
胸が震えた。
──アヤのノートだ。
普段は教室の隅で目立たず過ごしていた彼女が、
こんな言葉を抱えていたなんて。
僕はバンドを組んでいた。
仲間と音を鳴らすのは楽しかったが、いつも歌詞が弱いと指摘されていた。
でも、この言葉なら。
心の奥に届く歌になる。
そう確信した。
次の日、勇気を出してアヤに声をかけた。
「なぁ、この詩、バンドで歌わせてもらえないか?」
アヤは驚いたように目を見開き、それから小さな声で答えた。
「……もし、役に立つなら」
初めてその詩にメロディをつけて歌ったとき、
アヤは客席の隅に座っていた。
自分の言葉が音になって、
誰かの胸に響いていくのを見つめながら、
涙をこらえるように笑っていた。
それから、彼女は少しずつ変わっていった。
昼休みに「こんなのも書いてみた」とノートを差し出すようになり、
僕らは新しい曲を作った。
その一つひとつが、アヤ自身の心を解き放っていった。
そして迎えた文化祭のステージ。
最後に歌ったのは、アヤが書いた歌だった。
演奏が終わると同時に、割れるような拍手が響いた。
その中で、アヤは泣きながら笑っていた。
まるで「私の声、ちゃんと届いたかな」と
問いかけているような表情だった。
その笑顔は、不思議と僕の胸の奥に残り続けている。
迷い立ち止まるとき、
あの放課後のノートと、
文化祭の片隅で泣き笑うアヤの姿が、今も僕を支えている。