自分を正当化することに膨大な時間を費やしてしまう
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コラム
自分を正当化したい、という思い。
そして、それを周囲も認めてくれると心底納得がいく。
私は間違ってなかった。
間違っていたのは相手で、
私は全然悪くない。
私は被害者だ。
自分を正当化すること、
自分は正しんだ、と思えること、
それにこだわり過ぎて、
膨大な時間とエネルギーを向けてしまい、
そんな自分に多少の違和感を感じていながらも、
「私は正しい」を手に入れるまで、
ストップがきかなくてやり切らないと気が済まない。
例え、運よく、正当化できるものを集められて、
周囲もその通りに認めてくれて、
ほっと一安心しても、
またすぐ
正当化するための証拠集めをしないといけない出来事が起きてくる。
そんなパターンを繰り返しがちです。
正しくないと罰せられる
間違うと批判される
ミスはダメだ
失敗すると幻滅される
間違いや失敗は、自分の存在価値をさらに下げてしまう。
これ以上、価値を下げたくない。
しんどさを増すのは、もうごめんだ。
自分を正当化しないといけないエネルギーには、
いろいろな今までのクセが潜んでいます。
ものごとの捉え方
考え方
そこからわいてくる感情
苦しい感覚
本当は誰からも責められていないし、
自分自身の価値は何一つ損なわれないのに、
自分だけがそう決めつけて
現実をややこしく作り上げてしまう。
本当はこのパターンを止めて、
自分も相手も責めず、
できることなら周囲の人と仲良くやっていきたい。
「本当の思い」と「エゴ」は
「本当の思い」を強化していくことで、
「エゴ」を解かしていくことになります。
いつだって
どんなときだって
現実がつまづくように感じたときは、
「私の本当の思い」に立ち返る。
分かり合いたい
繋がり合いたい
尊重し合いたい
愛し合いたい
自分の「本当の思い」に一旦かえって、
「本当の自分」で現実を紡ぎなおしていく。
そのエネルギーは「純粋なエネルギー」だから、
やさしい現実が差し出される。
出したものが返ってくる。
シンプルなことなのに、
「エゴ」にとりつかれて、
「本当の自分」から離れてしまうことは
あきれてしまうくらい多々ある。
多々あっても、あきらめずにしぶとく
「本当の思い」に戻り続ける。
それは習慣の強化であって、
人格や性格とは全く関係ない。
正当化してしまうクセを
「本当の思い」に立ち返るチャンスと捉えてみると、
本当に多くのチャンスが与えらえていると思う。