私がIT企業をやめた本当の理由

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コラム
上司たちが私の幸福を願ってくれたから、だった。

そのIT企業に入る前から、私は文化的にIT企業が合うかどうか、かなり懸念されているところもあった。
上質な文化を好むのではないのかという点について。
その企業をやめるとき、ある女性社員に「今、幸福ですか?」等と「個人の幸福追求権」を言われたことがある。

上司はたまたま私と同じ広島出身で、生い立ち等のことも含めて、なぜかこんな深いことを言っていた。
「第三の道を選ぶ人もいるんだよね」等と。

上司の言う言葉が、私が大学二年までに心のうちで考えていた言葉の数々だったので、私は驚き、部下としてただ話を聞いているしかなかった。

朝ドラというか、映画というか、そんな不思議な物語性を感じていた。
それを言う人たちの顔を見ていると、嫌な表情をしていなかったからだ。

私は、転職エージェントが間に入る時、そういう本当の言葉がなかったことにならないようにしたほうがいいとは思う。
承認欲求、上下、優劣、構造的な物語性、キャラ、ペルソナ、合う合わない…そういった形だけの言葉ではない深い本当の言葉を、言われていたからだった。

「第三の道」というと経済学や政治学の言葉で、今ではあまり聞くことのない言葉だ。
私には、いつも二つの側面があった。一つは、新自由主義のような経済感覚を、柔らかくも鋭く、感じてしまうところ。
もう一つは、不思議な夢を見るところ。
大学三年まで、雪を見ている自分の景色を思い出していた。
その時に気づいていたのは、その時、隣にいた人のかじかむような寒さを忘れて、私が雪に見入っていたことだった。

それなのに。ある時、不思議な夢を見た。ある外交官試験を受けるまでに、
「雪が降ると人とのあたたかさを思い出していいですよね。今から頑張れば、きっと大輪の花を咲かせますよ」と、人間とは思えないスピードで話す、知らない女の夢。
「昨年は災害のせいで出てこられなくてごめんね」とその女は言っていた。
今思うと、海、川、水、雪…自然のような存在だったのかもしれないと思う。

私が今や思い出せるのは、私が大学三年までに自分で気づいていたのは、他人に寒い思いをさせたことなのに。その時、夢で知らない女に言われたことは、「人との間にあるあたたかさ」だったのだ。

シノたちの若い、「令和」の雰囲気の似合う世代は、人をあまり疑わない。
人をカテゴライズすることに躍起になるなど、「汚い」という意味では疑わない。世の中はこうあるべきだ、という考えがあまりないのだ。
ただ、あるがままを、見たままに思うだけ。彼らの世代のほうが、平成までの世代と異なり、教育学的にも「哲学はないがAIのようだ」とされている知能的側面があるのを、知っていた。
だから、あの子たちがそばに寄り添う秋から、私には、本当の記憶がいつもよみがえるようになっていた。情緒、というものを彼らは私に許してくれた。

これは、自己実現の「なれないところからなろうという物語」とは異なる物語なのだと思う。「なれないのなら別人になるという物語」ではない。本当の私の物語。
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