ふとした瞬間に、目の前の景色が急に色あせて、世界にたった一人取り残されたような気持ちになることはありませんか?
例えば、大切なパートナーや友人と楽しくお喋りをしているとき。
相手が何気なく口にした「あの芸能人、最近いいよね」「あの有名人の考え方、すごく共感するんだ」という言葉。
その対象が、あなたにとってはどうしても受け入れられない人だったり、過去にその人の言動で深く傷ついた経験があったりする場合、胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚になるかもしれません。
周りから見れば「ただの好みの違いじゃない?」と言われてしまうような些細なことかもしれません。
でも、繊細な気質を持つあなたにとっては、それは単なる好みの問題ではなくて、自分の守ってきた大切な価値観や、これまで耐えてきた痛みを、一番理解してほしい人に全否定されたような、そんな衝撃に近い悲しみなんだと僕は思います。
「この人を良いと思えるなら、私の抱えている苦しみや違和感は、きっと一生この人には届かないんだ」
そんな風に、二人の間に底の見えない深い溝ができてしまったように感じて、急に相手のことが遠い存在に見えてしまう。
あんなに信頼していたはずなのに、その一言で心のシャッターがガラガラと音を立てて閉まってしまう。
そんな自分を「器が小さいのかな」「もっと寛容にならなきゃ」と責めてしまうこともあるかもしれませんね。
でも、安心してください。そう感じてしまうのは、あなたがそれだけ誠実に、自分の心と向き合って生きているからだと僕は思うんです。
繊細さんにとって、誰かを「好き」とか「嫌い」と感じる背景には、とても繊細で複雑な心の動きがあります。
あなたがその人を苦手だと思うのには、きっとあなたなりの、言葉にできないほど切実な理由があったはずです。
それなのに、一番近くにいる人がその人を手放しで褒めてしまうと、自分の大切にしている聖域を土足で踏み荒らされたような、裏切られたような気持ちになるのは、とても自然な反応なんですよ。
僕は、人間関係において「価値観が一致すること」以上に、「相手の『嫌い』を大切に扱うこと」が、関係を深める鍵になるのではないかと思っています。
だからといって、相手に「私の嫌いな人を、あなたも嫌いになって!」と強制するのは、少し苦しいですよね。
まずは、そんな風にショックを受けている自分自身を、「そうだよね、悲しかったよね」「絶望しちゃうよね」と、優しく抱きしめてあげてください。
価値観が違うからといって、あなたのこれまでの苦しみが消えてなくなるわけではありません。
そして、相手はあなたの痛みを否定したくてその人を褒めたわけではなく、単にあなたの心にある「深い事情」にまだ気づいていないだけなのかもしれません。
二人の間の溝を見つめて立ちすくむのではなく、「私はこういう理由で、その人が少し苦手なんだ」と、いつか落ち着いたときに、あなたの心の破片を少しずつ見せていけばいいんです。
すぐに分かり合えなくても、その歩み寄りこそが、本当の意味での絆を作っていくのだと僕は信じています。
あなたは、自分の感性を守りながら、誰かと繋がっていく力を持っています。
その繊細さは、決してあなたを孤独にするためのものではなく、本当の理解に辿り着くための、大切な道標なのですから。