結婚式が終わり、旦那の方の二次会があると聞いた。
私は子供をその場に連れていくわけにはいかないと思い、私は家に帰った。
私の方は何もなく多分その場で解散となったと思う。
家に帰ると普段の生活に戻っていた。
なにか身内でやることもなく…
普段の生活に戻っていた。
それからしばらくは旦那は朝出かけて夕方帰ってくるという生活になっていた。
子供のミルクや色々なものは、旦那に言えばお金はくれたが到底賄える金額ではなかった。
家に生活費は入れていないのか、と思う人もいるかもしれませんが、私から旦那にお金の話をすると暴力、暴言で返されるのでなるべく言わないようにしていた。
お義母さんからは、そのころはまだ何も言われなかった。
私が仕事ができないからだと思う。
できない、というより「させない」のほうが正しいのだけれど。
日中は子供を連れて、散歩に行ったり車で公園に連れて行ったりして遊んでいた。
旦那が帰ってくるようになり、夫婦としての会話らしいものも増えてきた、
と思った。
が、「今度の日曜日、出かけよう」というので喜んでいた。
そうです。
また、「サラ金」に連れていかれました。
けれど今度は10万円くらいしか貸してくれませんでした。
多分前に借りたところに返していなかったんだと思う。
私は勇気を出して聞いてみた
「仕事してないの?そのお金何に使うの?」
と…。
そしたら旦那は
「仕事してる!返済は俺なんだから勝手だろ!」
と怒鳴られた。
そして、また旦那は帰ってこなくなった。
そうして、3年の月日が流れた。
布おむつからは1歳まで使っていた。
布おむつを洗う場所は、外にある「山から流れてくる水」の側溝だった。
昔話にでてくるような…
本当にああゆう風景。
冬は「マキストーブ」
日中は畑を手伝わされた。
草むしりなど…。
そして子供が三歳になると、保育園からお知らせが来た。
入園の招待状、みたいなパンフレット。
そろそろ保育園も入れないとな、と考えていたのでタイミングがよかった。
もちろん、息子の予防注射などは欠かさず行っていた。
定期健診も…。
3か月検診の時、保健師さんと私と子供で話す時間があったのだが、
私が話そうとするとお義母さんが割り込んできて全く話せない状況に…
悔しくて情けなくて、泣きそうになった…
それを察した保健師さんが、個別で私を呼んで話を聞いてくれたりした。
保育園に入れることを言うと
「まーそろそろだね、じゃああんたも仕事できるんじゃない?」
と。
これはチャンス!
と思い、早速保育園の応募に行った。
田舎だからなのか、すんなり保育園に入園することができた。
稼働証明も後ででいいとのことで、まずは助かった。
保育園のものを揃えるのに、またお金がかかる…
けれどそれはお義母さんが全部揃えてくれた。
もちろん、私の意思などはないも同然なのだが。
ま、体裁、でしょうね。
仕事するにあったってハローワークに行った。
そこで、何枚かの募集の用紙をもらってきた。
それを見るなりお義母さんが
「パチンコ屋なんか、とんでもない!やく〇のいくところだよ!」
と…。
何十年前の話をしているのだろう…。
「縫製会社とかそういうのにしなさい!」
と職種まで制限された。
私は不器用なので、縫製などやったこともないし、やれるとも思えなかった。
けれど、縫製じゃないと納得しないな、と思い、縫製会社の面接を取ったが
「2週間でできなければやめてもらう」という条件だった。
私は、それをお義母さんに伝えると満足そうにしていた。
保育園の登園と自分の仕事は大変だったが、あの家に閉じこもっているよりは断然楽しいと思えた。
大げさかもしれないが、久しぶりに「町で働ける人」というような気分だった。
集落で、ほとんど年寄りばかりと話をし、N〇kの話ばかりで何も楽しくなかった。
私はまだ18歳なのである。
やっと自分でお金を稼ぎ、生活費を入れ、少ないが自分のお小遣いができる!
と思ったら楽しかった。
が、やはり2週間でクビになってしまった。
けれど私は良かった。
向いてないことをお義母さんにも知ってもらえたから。
ブツブツ文句を言っていたが、気が済んだでしょ、としか思わなかった。
あとは自分で好きに探せる!
ところが…
夜ごはんを食べていると
「次は掃除婦ならどう?」
と…。
そして次の日の朝、お姉さんが珍しく家に来た。
「病院の清掃」の仕事の用紙を持って…。
そういうことか…。
なにかにつけて、お義母さんとお姉さんは連絡を取り、コントロールしたいらしい。
けれど旦那のことは一切注意もしない、なにも言わない。
どこで何しているのかもわからないのに…。
私は、常に監視されている。
トイレットペーパーの長さから、お風呂の時間まで…。
だから1分でも家に居たくなかった
清掃の仕事も面接にいって採用された。
周りは年配の人だらけだったが、とてもやさしくしてくれて、楽しかった。
そこで結構長くパートとして使ってもらった。
給与は6万円くらい。半日だったから。
それを半分、返していないであろうサラ金の返済に回し、1万は子供用品、
1万はガソリン代、5千円残ったから、お義母さんに少しでも、と思い
「少なくて申し訳ないけど…」
と渡したら…
「こんなクソのアテにもならない金!いらない!」
と突き返されてしまった。
それからは絶対渡さない!と決めた。
清掃の仕事を始めた途端、帰ってくる時間すら計られていた。
「仕事12時45分で終わるでしょ、それから着替えて40分で家に着くでしょ、15分何やってたの」
と…。
「会社のおばちゃんたちと話してた」
というと、チッと舌を鳴らしグチグチと文句を言われた。
そういう生活を2年くらいした、ある日
生理がこない…