ペットの死

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初めに断っておきますが、うちのにゃんさんは健在です。
14歳になりますが、いまだに毛並みはつやつや、つやつやどころかヌラヌラしています。

ごはんもよく食べ、トイレは時々失敗しますが(嫌がらせなのか、足ふきマットや靴の中におしっこすることがあります)、元気だと思います。
結構、ぜいたくに面倒を見られていたと見えて、夏でもぬるま湯を要求します。日に三度、ぬるま湯をもらっています。
ちゅ~るは、一日一本までと決まっています(高いので)。

この猫が実家に来る前、先代猫さんがいたんですね。
その猫さんは、今思えば、非常にお行儀のよかったお嬢様でした。
当時私は、実家から職場に通っていましたが、私が帰ると決まって玄関先で待っている。
そして、ブラッシングをして欲しいのにゃと疲れて帰ってきても、おねだりするんですよね。
早くご飯食べて、お風呂に入りたいのですが、腹出してブラッシングしろと要求するので逆らえず。腹の後は脇の下とか、背中とか・・・
一度、実家に誰もおらず、帰ってから自分で食事を作らねばならず、買い出しした後、早くご飯を作らねばと、ブラッシングを後回しにして自分のごはん作りをしていたら、台所までついてきて抗議のシュプレッヒコールをするんです、その猫。
「ブラッシングを先にしろー」
「お前の飯など後回しにしろー」
「猫虐待―」
「猫をもっといたわれー」
などなど抗議の声を背中に、ごはんを作っていたこともありましたねぇ。

今年、私の父が亡くなったんです。
で、もちろん、父が死んで悲しいわけですし、寂しいわけですし、やっぱり死に直面すると、しんどい思いはします。
だけど、ふと思いかえしますと、先代の猫さんが死んだときの方がよっぽどしんどかったのです。

親の死よりも、猫の死の方がしんどいとは何事かと、目くじら立てる方もいらっしゃるかもしれません。
だけど、そういう方は、きっとペットを飼ったことがない人じゃないですかね。

違うんですよ。大事な誰かの死と、猫ちゃん、わんちゃん、その他自分の身近な動物の死とは、まったく別物だったのです。

先代の猫さんが死んだとき、私は、覚悟を持ってしないと家に帰れませんでした。
「猫さんいないのをびっくりしちゃダメ」と自分に言い聞かせてからじゃないと、家に帰れなくなってしまいました。
無意識に帰宅、猫が待っているものと思って玄関を開けて、猫がいないことを再発見してしまう辛さに堪えられなかったのです。

このように、父親の死よりも、猫の死の方がよっぽど堪える。
なぜなのか。
多分、ほかの皆さんも同じだと思います。

ペットは、私たちの心の一番デリケートのところ、普段は人に見せない核の部分、子供のころから変わらないコアの部分・・・自分のかわいい部分、繊細な部分、やわらかい部分と直接に繋がり合っているため・・・
その死によって、その一番デリケートな部分にダメージを受けてしまうから。

人とのかかわりに置いて、私たちは「愛している」という感情を持つわけですが、相手は相手として、自立した存在なわけです。
人はひとりひとり、自分の死と向き合うことが強いられる。
他人の死とは他人事なのです。相手を尊重すること、それはつまりその人なりの死を受け入れるということ。その人とその死、自分と自分の生、これが別個で切り離されているんですね。どんなに愛していたとしても、愛し合っていたとしても、人同士では、最後の核の部分、最終的な殻の中まで、相手の存在が侵入してくることはない。

だけど、ペットの死は、生まれてからずっと変わらない、自分の魂の一部とダイレクトにつながってしまっているために・・・
その存在が、最後的核の内部にまで侵入してしまっているために・・・
その心の一部をごっそり持っていかれるような喪失感に苛まれるのです。

今現在、大事なペットの死で苦しんでいる方もいらっしゃるでしょう。ペットロスという軽い言葉で一緒くたにされたくないし、そのことについて誰かにわかってもらおうと思っても・・・伝わり切れてない、中途半端な気持ちになって、喪失感だけが増すのです。

時間が癒すなどといい加減なことを言う人がいます。本当にデリカシーのない、なんと野蛮な感性しか持っていないのかと、傷ついているときにこのような言葉を投げかけられますと、相手に悪気はないとわかってはいるものの、無性に腹立たしく、無性に悲しくなってしまいます。

時が解決すると人は簡単に言いますが、本当は、時間が解決するものなんて何もないです。
自分の心の中で、なんとか折り合いをつけているだけなんです。
私たちの心の隠しポケットに、その気持ちを放り込んで、日常をごまかして生きていくのに慣れてしまっているだけなのです。

ダメージを受けたその衝撃は、消えてないのです。
だから、時々、普段忘れているはずの、秘密の隠しポケットから、様々な思いがはみ出してしまうんです。そのたびに、またしんどい思いがぶり返してしまうんです。

人づてに聞きました。
知り合いの飼っていた猫さん、二匹とも死んでしまったそうです。
今年の春に、もともと高齢で糖尿病だった飼い猫が死んでしまった。
その後、数か月してからもう一匹飼っていた猫が交通事故で死んでしまったそうです。
ここ数か月のうちに、飼い猫が二匹とも、死んでしまったわけです。

ごめんなさい、慰めの言葉すら見つからないです。
しんどいだろうなと想像したら、私も先代猫さんのこと、ありありとよみがえってきて、つらいです。

残された猫グッズ。もう誰も食べないキャットフード。猫のお気に入りの場所、お気に入りの毛布。ふと、足元に絡みつく暖かい毛もじゃの幻。

ペットの死で、今、しんどい思いをしている方がいたら・・・
同じようなしんどさを味わっている人が他にもたくさんいるということをお知らせしたい。そのしんどさが、時が経ってもしんどいまま残って、そのしんどさを抱えながらも、それでも生きている人たちが他にもいるということをお知らせしたい。

「大丈夫、時間が解決するよ」とか「ペットは天国であなたを待っててくれるわ」とか、
そんな言葉で癒されるのなら、こんなにしんどくないです。

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