私は月から来た猫。
静けさの中に満ちることを知り、
今日も、この地上に降り立つ。
人は、私をこう呼ぶー…
…「オキシトシーーン!!!」
……突如叫ばれた謎の単語。
名乗る間もなく、私は“幸せホルモン”として召喚されたようだった。
後ろから迫りくるスキップと駆け足の入り混じる足音に
嫌な予感がする。耳をすばやく伏せ、体勢を低くする。
「オッキシットシーン!!」
叫びながら突進してきたアロンダスの手が、
私の尻のあたりをわしっと掴んだ。
──まったくもって、失礼な朝である。
***
昨日、帰ってくるなり、彼はソファにのけぞった。
「今朝コンビニで、肉まん買ったら当たりシールついてたんだけどさ…
一瞬、“おっ”て思ったけど、
…それだけで終わったんだよね。」
画面をスクロールしながら、つぶやきが続く。
「…なんか俺、嬉しいことがあっても、嬉しくならない体質なのかも…」
アロンダスはしばらく黙って、スマホに「幸せ 感じない 理由」と打ち込んだ。
そして。ブツブツ言いながらソファに寝っ転がり、いかにも悲劇にみまわれた男の顔で、スマホをにかじりつきだした。
「やっぱり科学的に見ても幸せホルモンはオキシトシンだな。
…オキシトシンを出すには、“人とのスキンシップ”“ぬくもり”“信頼”──」
窓辺で香箱座りしながら、彼の呟きを横耳で聞いていた時は、
まさか私に被害が及ぶとは思わなかったのだった…。
***
「うふふ うふふ ムーーーーーちゃーーーーんっ」
その夜、アロンダスはいつにも増して妙にベタベタとまとわりついてきた。突然私の背中を撫でまわすのだが、妙に力が強いのだ。なんだか、鷲掴みにされてるような、私を離さないというようなオーラが漂い、私は危険を感じていた。
「“猫を撫でるとオキシトシンが出る”って論文にあったからな。
さあ、今日は20分ほど撫でてみよう!」
(それ、“撫でられる側”の同意があってこそ、だにゃ!)
彼に猫パンチを食らわし、その上で私は逃げるようにソファの下へ潜り込み完全拒否の姿勢をとった。
しばらくすると、私のことは諦めたのか、他の方法を探しにPCの前で論文を読み漁り始めたようだ。
「“甘い言葉も効果的”って……よし。」
彼は急に猫撫で声になった。
「ありがとうなあ〜。愛してるよぉ〜 ムーーーン〜〜。」
(にゃんかわざとらしい。)
私は無言で、そんな声には背中を向けて寝たのだった。
彼はその後も、
「オキシトシン 簡単」
「科学的 幸せ 方法」
「幸せホルモン スピリチュアル」
など、ありとあらゆる検索を繰り返していた。
***
私は静かに、窓の外を見つめる。
風が揺れ、外の香りを楽しむ。
カラスの匂い、大きな木の匂い、小さな花の春の匂い、ひだまりと夕日の匂い…
毛づくろいを始める。
舌でひと撫で、またひと撫で。
静かに整う被毛と、心の輪郭をいつくしむ。
(幸せは 心で“育てる”ものにゃ。)
それには何もいらにゃい。心のあり方だけにゃ。
***
アロンダスは、ため息をつきながら、私を見た。
「なんでこんなにむずかしいんだ…
なんでお前はそんなに幸せそうなんだ…
“満たされる”って何なんだ…」
(……お前はまず、方法論が現実に間違ってるにゃ。
幸せは「探すもの」じゃない。
「今あるもの」で満ちるというスキルにゃ。
サントーシャ── 満ち足りること、は、モノじゃなく技術。
お前には練習が足りてにゃい。)
「俺って、やっぱり幸せになれない体質なのかな…」
彼の指は、またスマホへ。
「“幸せ ホルモン 増やし方 最新”…
“幸せ 足りない人”…
“幸せ どうして来ない”……」
(そろそろ “幸せ 迷子” 検索すべきじゃにゃい?)
「ふむ、“チョコを食べると幸福度アップ”。
“ぬいぐるみを抱く”か…
…ん?ぬいぐるみ?」
突如としてこっちを見てきた彼は私に抱きつこうと手を伸ばす。
「オキシトシン!!」
私はすかさずダッシュで逃げた。
私の名前は、オキシトシンではなく、ムーンだしな。
***
その後、チョコとプリンが大量に詰まったコンビニ袋をぶら下げながら戻ってきたアロンダスは一人でつぶやいた。
「そうだ、夕日を見に行こう。
海辺でオキシトシンを感じてくるわ!」
(…それもう“幸福”じゃなくて“ドーパミンの旅”だにゃ。
でも、まあ、行っておいで。)
バイクのエンジンが、家の前でひときわ大きく鳴った。
四…十五の夜。夕日に向かって走り出すアロンダスの背中。
私は、いつもの窓辺に戻って、丸くなり、落ちて行く太陽を肌で感じる。
私には、海を見に行くほど行動範囲は広くないし、
バイクにも乗ったことはないかもしれないし、
チョコもプリンも食べたことはない。
だけど、私には
毛の一本一本に、
窓から差し込む光の1つ1つに、
幸せの粒を見つける技術がある。
(サントーシャ──
それは、「今ここにあるもの」で、
心を“みたす”スキル。
外に探さずとも、育てることができるんだにゃ。)
世界は今日も、変わらず優しく、ただそこにある。
***
むーちゃんの哲学メモ 第3話
サントーシャ(santoṣa)── 知足・満足
足りていると感じること。今あるもので満ちる練習。
幸せはスキル。筋トレのように、毎日の実践で育てるもの。
・またたびの香りを嗅ぐ
・日なたで身体を温める
・毛づくろいで自分を丁寧に撫でる
・空を見上げて、呼吸をひとつ深く
・想像の中で、美しい景色を味わう
どれも、内側から幸せを呼び込むための、ほんの小さな幸せの練習。
「幸せ」は、育てるものなんだにゃ。
こういうことって、べつにスピリチュアルでも特別なことでもないんだにゃ。人間界では、DBT(弁証法的行動療法)とかいう心理療法でもちゃんと教えてるらしいにゃ。幸せになるのは「才能」でも「モノ」でもなくて、単なる心の「スキル」、今も昔も、心の専門家たちの結論は同じなのにゃ。)
Moon’s Sutra は、
AIと人間の共創による、
“月から降りてきた猫”が古代の智慧と現代をつないでいく、短編物語集です。
インドをはじめとする伝統的な哲学やスピリチュアリティを、
日常の風景やささやかな出来事の中に、
笑いを交えながらユーモラスに描いていく予定です。
古代から受け継がれてきた智慧と、
現代のAIが出会うことで、
見えないものが、そっと言葉になる。
written by 歩海 & ChatGPT の共同執筆
Beyond Karma Lab / Seventh Jenma