こんぺい糖 ーその3ー

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ある日、芽衣は派手に弁当箱をぶちまけた。


恥ずかしさに真っ赤になり、
あわてて散乱した弁当の中身を掻き集める。
手づかみで空になってしまった弁当箱に詰め込み、
花柄の巾着袋に戻すとカバンに押し込んだ。
教室から飛び出すまで、周りの様子など見る余裕はない。


汚れた手を目いっぱい力任せに洗っていると、
息苦しくなり外の空気が吸いたくなった。


ひとり校庭の隅に座る。
悲しさと悔しさと不甲斐なさが、
すっぽりと芽衣を覆う。


泣きたかったが、泣くともっと自分が情けなくなるような気がした。


先ほどの光景が嫌でも思い出される。
皆、笑っていただろうか、呆れていただろうか。
その姿を視界に捉えることは怖くて出来なかった。


もう無理だ、もう帰りたい。
ただただ、逃げ出したい気持ちが強まる。
担任に伝える早退の理由を考えている時だった。


「お腹すくやろう?」
ふいに目の前に売店の菓子パンが差し出された。


驚いた。
自分を気に掛けてくれる人など居ないと思っていた。


そっと顔をあげる。
菓子パンの差出人は同じクラスの河野裕子だった。
その日まで、気にはなっていたものの話などしたことはない。


「…いいの?…河野さんは?」
「私はお弁当があるけん。ほら」
チェック柄のハンカチに包まれた弁当を、
顔の横にひょいと持ち上げる。
その側には、柔らかく優しい眼差しの笑顔。


同年代の人間から、こんなにホッとさせてくれる温かい笑顔を貰ったのは初めてだった。
そして、優しい笑顔は強張っている心を解きほぐすことも初めて知った。


芽衣の隣に腰かけた裕子と、
昼食をとりながら少しずつ話をした。
裕子の優しい表情は変わらなかった。
嬉しさのあまり、何でも話したくなる。
前の学校でいじめられていた事も、
裕子が重荷に感じぬよう気をつけながら話した。


芽衣の過去を聞き少し間を置いた後、
裕子は口を開いた。
「私もね、小学生の時いじめられとった」
そういうと制服の上着、
セーラー服の左裾をちらりと上げ、
スカートのウエストをずらし、脇腹を見せた。
そこには、手のひらサイズのハートの形に似たアザがあった。


「わぁ、素敵ね!」
芽衣の口から出た感想に、今度は裕子が驚いた。
「素敵!?」
「うん。ハートみたいね、すごく素敵」
「素敵じゃないよ。これのせいで、いじめられたんやもん」
「あ…そうだったんだ」
「落ちん汚れがついとるって。ずいぶんからかわれた」
制服を整えながら裕子は静かに言った。


「そやから、誰にも見せん。芽衣ちゃんだけ」
芽衣はその言葉に思わず胸が熱くなった。
裕子にとって自分は特別な存在になれたのだ。
その喜びは、弁当をぶちまけたことなどチャラにしてくれた。


その出来事がきっかけで、ふたりは親しくなっていく。
登下校は違うものの、
休日にはお互いの家にも行き来し、
最初は照れたけれど、名前を呼び捨てにするようにもなった。


好きな音楽や、好きな本。
それらを共有して視野が広がる楽しさも味わった。
心をなじることの卑劣さを知るふたりは、
お互い違う価値観も素直に認めあった。


柔らかな光が注ぐような学校生活が訪れ、
自然と笑みもこぼれる。


そんな優しい日々は、
邪気によって泥をなすりつけられた。







書き始めた時、こんなに長くなるとは思わず、
若干申し訳ない気もしています^^;
私を励ますようにお付き合いくださっている方、
心より感謝申し上げます。
明日でこのシリーズは終わり。
また通常のブログに戻ります♪


心は何に捕らわれていますか?
苦しい時はお話しください。

時間をかけてゆっくり話しましょう。
頑張る心の拠り所に。

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