こんぺい糖 ーその1ー

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「そんなとこにおらんで、はよ帰りなっせ!」

玄関先にしゃがむ芽衣に、裕子は叫んだ。
腕を組み、仁王立ちになって芽衣を見下ろしている。

「そんなとこにおっても許さんし、邪魔!」

芽衣は膝を抱えて深く俯き、小刻みに震えていた。
やがて6月になる。
着ている体育着は半袖だが、寒くはない。
なのに震えは止まらなかった。


6時間目は体育の授業で、その時に
なぜ裕子が欠席したのかを知る。
下品な笑い声をまじえたクラスメイトの雑談は、
耳障りで嫌なノイズとなり、芽衣の心臓は忙しくなった。


チャイムが鳴るや否や、芽衣は裕子の家に向かって走り出してしまった。


玄関に出てきた裕子に矢継ぎ早に繰り返し謝ると、
「帰って。」
そう低い声で言われてしまった。
冷たく、でも熱を持った眼差しは痛く刺さる。


( 嫌だ、許して欲しい、また受け入れて欲しい。)
その気持ちが溢れてしまい、
その場にしゃがみこんだのだった。


何か言わなくちゃ。
裕子に嫌われてしまう。
もう嫌われてるかも知れない。
嫌だ、裕子にだけは嫌われたくない。


どうしよう、どうしよう…。
頭の中にある適切な言葉を探し回るように、
記憶の引き出しを開けてみる。
それでも、芽衣の脳裏に浮かぶのは
〝ごめんなさい〟ばかり。
すでに何度も繰り返し伝えた言葉。





芽衣は父の仕事の都合で、3月にこの街に越してきた。
前の高校ではいじめにあっていたので、
引っ越しに異論などなく準備も楽しめた。
大人しく不器用な芽衣は、
幼稚な同級生のターゲットとなってしまい、
高校1年生の思い出はモノクロの暗いものばかり。
助ける者はいなかった。
皆、自分の中の何かに脅されているように、
知らんふりを遂行していた。
担任すら無関心の支配下。


越してきた土地は緑が豊かで、
ゆったりとした時間が流れている。
少しほっとした。
住む人も穏やかなのではないかと思えた。
少なくとも、「さぁ、さぁ」と急かされるような、
何かに追い立てられるような慌ただしさはない。


新しい高校は普通科と商業科があり、
芽衣は普通科に転入した。
ちょうど1学期からの転入で、
大人しい芽衣は少しばかり安堵したのを覚えている。


裕子は同じクラスだった。
席は離れていたが、どこか気になっていた。


髪がストレートで長く、艶々としている。
地味な顔立ちだが、よく見ると整っていて綺麗だ。
でも目立たない。
いや、あえて気配を消すかのように、控えめに存在していた。
それに気付いたから、芽衣は裕子が気になったのだろう。


そして、転校生の芽衣と同じく、
話す相手は居ないようだった。





「もういいやろ?帰って!!」
感情むき出しの声に、芽衣はビクリとした。
もう駄目だ、これ以上居座れない。
芽衣はゆっくり立ち上がった。
顔をあげることは出来ない。
怒った裕子の表情を見るのが怖い。
大切なものを失ったのだと、
現実を突きつけられたくない。


「ごめんなさい、ごめんなさい。」
最後の足掻きのように絞り出した。
言葉が出ると同時に、ポタリ、ポタリ、
玄関のタイルに涙が落ちた。
「…素敵だと思ったの。とても、とても…本当に。」
振り絞った声は、裕子に届くのだろうか。
不安だったがそれでも精一杯だった。


「何がよ!どこが!!こんなもの!」


声が震えていることに気付き、
思わず芽衣は顔をあげた。





小説にチャレンジ第二弾✨
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