こんぺい糖 ー最終章ー

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トイレで用をたし手を洗っていると、
すぐ側の廊下で女子の話声が聞こえる。
声のトーンや笑い方から、独特の感じ悪さを受けた。
いじめられたころに散々向けられた傲慢な邪気。
手を洗い終えたら、さっとその場から離れようと思っていた。


だが、どうやらその犠牲者は裕子のようだ。
水泳時間の着替えの話や、
中学の修学旅行で入浴しなかった話が、
「えー!」「まじ?」など、
オーバーな相槌と共に聞こえてきた。
芽衣が廊下に出ても気付く様子もなく、
噂話は浅ましく光る好奇の目で続けられた。


「あの子さぁ、体に傷があるっちゃないと?
あ、親に殴られとったりして」
「DVの彼氏がおったりしてね。大人しそうやけど、意外と、ね」
「うわ、どっちにしてもヤバいやん」
「あの子が暗いの、そのせいかも」
「坂口君が綺麗な顔してるって言いよったけど、
あの性格じゃあねぇ」
「男子ってさぁ、見た目に騙されるよねぇ。」


この時、芽衣の中で沸きあがった怒りは、
人生で一番激しかったかも知れない。
自分が陰口を叩かれるより数倍も強く不愉快だった。
体中の血が騒ぎだし、うぶ毛がぞわっと逆立つ。
芽衣は裕子のご両親も知っている。
穏やかで優しくて、暴力なんか振るう人じゃない。


裕子やその家族まで悪意のある憶測でネタにされ、
怒りと悔しさが膨れ上がって爆発した。


「そんなんじゃない!裕子には傷なんてない!
素敵なアザがあるだけよ!!」
考えるより先に言葉が飛び出してしまった。
渡辺紗英を含む女子たちは、
突然の横やりに驚き、一斉に芽衣を見た。


「それに、裕子のご両親は優しい!
勝手に話を作らないで!!」
芽衣はさらに声を荒げた。
「裕子はね、あなた達よりずーっと見た目も性格も綺麗よ!!」


時が止まったかのように静まり返る。
その間も芽衣は視線を逸らさない。


その気迫におされたように、動き出したのは相手だった。
「行こ、しらけた」
「何アレ、ウケる」
そう虚勢を張る背中に蹴りを入れたいくらいに、
芽衣は腹が立っていた。


少し落ち着くと、生まれて初めて家族以外の人間へ
怒りを丸ごとぶつけた自分に、芽衣はびっくりした。


それでも後悔はしていない。
裕子を庇いたかった、嘘を殴りたかった。
あんな子らに嫌われたって構わない。
そう勇んでいた。


その日の夕方、帰宅中の裕子に紗英らが後ろから駆け寄り、
「ねぇ、素敵なアザがあるんだって?見せてよ?」
歪んだ笑いと共にからんで来たのだ。
一瞬息を飲んだが何のリアクションもない裕子に、
「あー、つまらーん」と嘲笑いながら言い、
嫌な空気を残して立ち去った。


裕子はショックだった。
芽衣が喋ったんだ、秘密だったのに話したんだ。
すーっと信頼感情が引いていく。


やっと友達が出来たと思っていた。
芽衣の素直さ、正直さ、屈託のない優しさが好きだった。
信頼できると思えたからアザだって見せたのに。


何年も孤独を選んできた。
傷つけられるくらいなら、ひとりでいる方がマシ。
誰かが話しかけてきても、心を開く勇気もなかった。


原因となったアザを憎んだ。
いじめられるような自分自身を責めた。
目立つことを恐れ、こっそりと気配を潜めて生きた。


しかし、転校してきた芽衣の、
失敗しても健気に頑張る姿に、
裕子は人知れず励まされていた。


あの日、次は私が励まさなきゃ、と売店に直行した。
並んで座り会話をしながら、
芽衣が見せた無邪気な笑顔もまた、
裕子の頑なに閉じた心を開かせる魅力があった。


信じた自分が馬鹿だったのだろうか。
ひとりでいた方が良かった。
誰かと認め合う心地よさを知り、
なのに裏切られる悲しみを突きつけられるよりも。


翌日、頭痛が酷いと母親に嘘を言い、学校を休んだ。


裕子が休んだ6時間目の体育の授業。
「見た?あの時の裕子の顔。思い出しても笑える」
「アザ、見せてくれたら良かったとに」
チラリと芽衣を見ながら、毒を含むセリフが放たれた。
ショックで呆然とする芽衣を、
その後の言葉はノイズとなり襲った。



目の前に立つ裕子に、思いを届けなくちゃ。
芽衣の両手はきつくこぶしを作り、
爪が手のひらに食い込む。
その痛みが「言葉を伝えろ」と後押しする。


「私ね、すごく後悔してる。
これほどまでに傷つけたこと、
アザのことを言ってしまったこと。
私が悪い、本当にごめんなさい」


声が震えるけど、届けたい。


「…なんで?なんで喋ったと?」
裕子の問いにあらかたのことを説明した。
自分の中で沸きあがった感情も伝えた。


「馬鹿なことをした、よくわかってる」
頑張れ、気持ちを届けるんだ。


大きく息を吸い、言葉を続ける。
「それでもお願い、そのアザを嫌わないで。
それは本当に素敵。
裕子、お願い。
お願いだから私みたいに、
自分で自分を嫌わないで。」
諦めたくない、届けなきゃ。
「裕子は自分を丸ごと好きになっていい。
私は裕子の全てを誇りに思う!!」


思いを言葉にしながら、芽衣は気付いていく。
自分を恥ずかしく思いながら生きていることが、
私は苦しいんだ。
だから、裕子にはそんな風に苦しんでほしくないんだ。


胸が詰まって声が出なくなりそうだった。
届けなきゃ、届けなきゃ。
芽衣はグッと顎をあげ、瞼をしっかり閉じ、
声を出すことに専念した。
ぐちゃぐちゃの表情でもいい。
思いを届けなきゃ。


「裕子は自分を嫌わなくていい。
恥じなくていい。
私みたいに駄目じゃない!!
裕子は何も駄目じゃない!!」


その時、ふっと芽衣は包まれた。
裸足で下りてきた裕子は、両腕で芽衣を包み込みながら、
「芽衣は駄目じゃない、ちっとも駄目じゃない。」
そう伝え胸の中に芽衣を抱いた。


ふたりで泣いた。
芽衣は子供のように、裕子は静かに優しく泣いた。


その時、ガラガラと玄関の開く音がして、
裕子の母親がスーパーの袋をぶらさげ帰ってきた。
「まぁ、どうしたと?!ふたりして。」
何事かあったのだと察した母は、
ふたりの頭を軽くぽんぽんと叩き、
「さ、中に入りなっせ。
可愛い砂糖菓子買ってきたけん、お茶しよっか。
芽衣ちゃんの好きなアップルティ入れようね」
と明るく言った。


砂糖菓子は、水色と白の二色のこんぺい糖だった。
鼻を真っ赤にし、瞼を腫らし、ふたりはこんぺい糖を口に運ぶ。
カリッと噛み、じゃりっとした砂糖の感触を楽しんだ。
白は砂糖の甘さ。
水色はほんのりと酸っぱかった。
でもその後やっぱり甘い。


目が合うと照れ臭かった。
はにかんで笑うと、
胸の中にもじんわりと甘みが広がる。
もう言葉を届けなくても良かった。


何度も目を合わせ、はにかみながら味わう小さい砂糖菓子は優しく幸せな味がした。


明日はきっと、このこんぺい糖のような青空が広がる。



お付き合いくださり有難うございました。
心を文章にするって難しい(>_<)💦
何度も書き直し、悩み、言葉を探しました。
下手ではありますが、でも楽しく書き連ねました。
最後までお読みくださった方に、
心よりお礼申し上げます。
そして「なんて寛大で我慢強いで賞」を
そっとお届けいたします^^


言葉にすると、気付くことがあります。

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