成長とは?~山の教室 からの学び④~

記事
コラム
昨日に引き続き、
現代人に観てほしい映画「ブータン 山の教室」を観て感じたことを書いていきます。


印象に残ったシーンは主に5つあるとご紹介しました。

①ルナナ村に住む少女、ペム・ザムの笑顔。
②ルナナ村の歌姫、セデュが山に歌を捧げているシーン。
③ルナナ村へ行くまでの道、教師のウゲンの靴はびちょびちょなのに、村の若者のミチェンの靴は全く汚れていなかったシーン。
④教師のウゲンが、寒さを防ぐために部屋の窓に貼ってあった高級な紙を、子どもたちのためにはがしたシーン。
⑤教師のウゲンが、街へ帰る時、音楽を必要としなくなったシーン。

今回は、④以降について書いていきます。


④教師のウゲンが、寒さを防ぐために部屋の窓に貼ってあった高級な紙を、子どもたちのためにはがしたシーン。


これは、教師のウゲンの成長を感じるシーンでした。

今までのウゲンであれば、そんなことは絶対にしない。
なんなら寒さからのがれるために、授業は休みにして、家に閉じこもる。
ってことが、あってもいいくらいの人だったから、

まさか、子どもの勉強のために、自分の寒さをしのぐことを犠牲にするなんて、、、

人はここまで変われるものなんだなと、ウルウル。


ウゲンを変えたものは、何だったのか。


やっぱり、それは、子どもたちのまっすぐな“学びたい”という姿勢。
村の人々の、疑いのない“敬意”そして、“期待”。

そんなとこだろうかと思ったり。


あとは、ウゲンにも、少なからず、村の人々に対する敬意が芽生えてきた。
これも大きいような気がします。


村の人々が自然の中でたくましく生活する姿を間近で感じることで、
自分の未熟さ、無力さ、そんなことも少なからず感じたのではないでしょうか。


そんなこともあいまって、

「この村の子どもたちに、自分ができることを精一杯やってあげたい。」
そんな想いがうまれたのかなと思います。



⑤教師のウゲンが、街へ帰る時、音楽を必要としなくなったシーン。

これは、なんだろう。

私の中では、一番印象に残っているシーンでもあります。
あきらかに、この村に来た時とは違うウゲンになっている。

そんな成長を感じるシーンでした。


今までのウゲンは、どこに行くにも音楽が必須。
それは、テレビを観ながら、ご飯を食べる感覚に近いものがあるかもしれない。

何をするにも、目の前のものに集中できていない感じとでもいったらいいのだろうか。

今までは、常に音楽を聴いていることで、自分というものを感じていたのかもしれない。

音楽を聴いていないと、心を保つことができなかったのかもしれない。


これは、スポーツ選手が試合前に音楽を聴くのとは、また違う感じ。

スポーツ選手が試合前に音楽を聴くのは、競技に集中するためだけど、
ウゲンの場合は、現実から逃れるために、音楽を聴いていた。そんな感じがします。



だけど、この村を離れる時のウゲンは、現実から逃げる必要もなくなった。
そんなことを、このシーンで感じることができました。


きっと、ミュージシャンとしても、一歩成長した瞬間だったんじゃないかな。



ウゲンには、ぜひ、毎年のようにルナナ村に行ってほしかった。

なんなら、セデュと結婚して、ルナナ村の教師になる。
そんな選択肢もあったんじゃないかと思う中で、その後、オーストラリアに行ったというのが、私の中では少し寂しかったけれど、

ある意味、そういうところが、現実的かもしれないなとも思う。



いろいろと便利な世の中になっていく中で、
まだまだ、ルナナ村のように、便利とは程遠い生活をしている人たちがいること。

そんな人たちには、
私たちがいつの間にかなくしてしまった、
知恵や心があるということ。


そのことを、いつでも心の隅に感じながら、これからも生きていきたいと思いました。





ではでは、今日はこのへんで♪



ココナラでは、ご自身の心のうちを気軽にご相談いただける
60分のキャリアカウンセリングを提供しております。

半年に1度は、自分のために時間を作って、
ご自身のキャリアを一緒に見直してみませんか?

あなたからのご連絡、
心よりお待ちしております。








サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら